忘年会議2013に参加しました

December 19, 2013 at 08:00 PM | View Comments

久々に復活した忘年会議に参加しました。

忘年会議2013を開催しました #bnkg2013 | IDEA*IDEA

思えばネットの人たちと知り合うきっかけは2004年に「無敵会議」シリーズに参加したことがきっかけだった。白いiBookと京ポンで、内容をまとめたブログエントリーを当日会場からアップしたこともあったのだけど当時は珍しがられた。会場からアップするのは今では当たり前のことなので10年で随分世界も変わったものだ。

内容はこちらにまとまっています。素晴らしいまとめ!

2013年のネットを振り返り--10周年の「忘年会議」に行ってきた #bnkg2013 : Blog @narumi

まとめが素晴らしすぎるので、個人的に気になったことを何個か、、、

橋本さんについて

橋本さんはiOSありきのようです。2004年の僕はかなりのApple信者でしたが、現在では全く使ってないので真似できない。Apple信者とそれ以外が今後どのような道に分かれるのか興味深い。

最近の著書の「データサイエンティスト データ分析で会社を動かす知的仕事人」は売れているそうです。忘年会議の後、買って昼休みに読んでます。

データサイエンティスト データ分析で会社を動かす知的仕事人 (SB新書)
SBクリエイティブ株式会社 (2013-10-24)
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経営されているデータセクションで、きっちり仕事にされているのは素晴らしい。

インテリジェンス検索を何個か紹介されてましたが、現時点では個人的には使うシーンが無さそう、、、。今後、どうなるか分かりませんが、どのように進化するのか楽しみです。

田口さんについて

田口さんはドットインストールに集中されていることもあって、開発者向けの話題に興味があるように感じた。昔はいろいろな海外のビジネスモデルやインターネットの出来事を紹介するイメージだったのだけど。。それだけに、改めてドットインストールにかける意気込みを感じました。

ドットインストールをはじめたときは「海外でプログラム学習サービスが流行はじめているから?」と、思いましたが、かなり深い信念を持って運営されているようです。

3分動画でマスターする初心者向けプログラミング学習サイト - ドットインストール

PowerShell編を作ってくれないかな~。

全員参加の会議

お題に対し、個人で15分考え、その後5,6人のグループになりグループ案を考えます。そのあと、主催者が選らんだ4つのグループ案からベスト3を決めます。

個人で考えたアイディアがグループ案で採用され、グループメンバーによりブラッシュアップされたものが最終的に2位になりました!やったね!とは言っても、完全にakuyanさんの絵のおかげでしたね。ありがとう

akuyanさんのブログ にゅるり◎

以下が考えたアイディアです。

■アプリの概要 旅行時に問題となる(スマホでSNSばかりして、旅先で誰とも話さない現象)を、2020年に全世界的トレンドになっていた(ディスプレイになる繊維でできた服)なる最新ハードウェアと、昔ながらの(メッセンジャーなどの状態通知アプリ)を組み合わせることによって、(気軽に声をかけやすい状態を作)る方法で解決、海外からの旅行者が殺到した。そのアプリの名は(セブンセンス)。

ネットはPCやスマートフォン、タブレットのデバイスの中だけでは無くなっていくのだろうと思っての案だったのですが、実際の今後のネットはどうなるのでしょうね?

categories: bounenkaigi
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2013 大分旅行4日目 小鹿田(おんた)焼の里

December 10, 2013 at 08:00 PM | View Comments

今回の旅行で特に楽しみにしていたのが小鹿田焼の里を訪れることだった。小鹿田(おんた)焼というのは大分の日田の外れの山奥にある陶器窯元10家で作られる陶芸で、江戸時代からさほど変わらない製法で作られていている。

小鹿田焼の里小鹿田焼の里

現在の日本の陶器は、良くも悪くも作家の芸術品かデパートなどで置いてある味も素っ気もない大量生産品ばかり目がつくのだけど、小鹿田焼は昔ながらの手法で無名の職人たちが芸術品ではない日用の器を作り続けている。

芸術品としての陶芸も良いのだけど普段使いの器として使うならば、もう少し気軽さが欲しい。江戸時代とは言わずとも明治初期くらいの骨董品あたりは、いい意味で気軽なつくりのものも多いけど、数十年も続いたままの骨董品ブームで値段が気軽ではなくなってしまっている。その点、小鹿田焼は値段も、日用の器としての使いやすさも、モノ自体の良さも非常にバランスが良くて気に入ってる。

小鹿田焼が芸術品にならなかったのも、つまらない大量生産品にもならなかったのは、もちろん窯元たちの絶え間ない努力と揺るがない価値観があるからだ。小鹿田焼は昭和初期に柳宗悦とバーナード・リーチによって発見され、自ら持つ価値を気づかされ、その教えを何十年も律儀に守っている。

柳宗悦は有名なプロダクトデザイナーだった柳宗理の父親で、大正時代に「民藝運動」をはじめました。開国して数十年した大正時代、陶器、織物、鋳物、木製品などの、無名の職人たちによって作られた芸術品ではない日用品の多くは見向きもされずに消えてしまっており、また消え続ける運命にありました。

柳宗悦は消え行く日用品の美に価値を見出し、「民藝」という言葉を作り出し民藝運動を起こしました。民藝運動とはwikipedeiaによれば

「日常的な暮らしの中で使われてきた手仕事の日用品の中に「用の美」を見出し、活用する日本独自の運動です」

ということになります。具体的な定義は以下になります。

一、般民衆の生活の為、作られる品物であること。
二、実用を第一の目的として作られるということ。
三、多くの需要に応ずるため、多量に揃えられるということ。
四、出来る限り、低価格で作るというもの。
五、作る者が職人であるということ。

今となっては些か偏狭すぎる定義ではありますが、まだ職人たちが残っていた柳宗悦の時代にそういった職人たちの仕事を認めさせるには、これくらいの定義が必要だったのかもしれません。

柳宗悦の運動のおかげで多くの民藝品が残ることができたし窯元などの産地も残ることができました。しかし、当時のままでいられるのは非常に難しく価値観を損なってしまったところも少なくないようです。

小鹿田焼は柳宗悦に発見されるまで全くの無名な存在で、発見されることがなければ無名のまま消えてしまっていたのだと思います。柳宗悦に発見され、当たり前にやっていた仕事に大きな意味があると教えられた感動が、小鹿田焼の窯元たちが数十年にも渡り柳宗悦の教えを忠実に守ろうとする力になったようです。

小鹿田焼の製法は江戸時代からさほど変わらないとは知っていましたが、実際に行って驚きました。部屋の明かりは電気でしょうし、近くから土を運んだりするのは車を使うでしょうが、それ以外のことは近代的なものは一切使われないように見えました。

たとえば、土は細かくして粘土状にする必要があります。多くの窯元では機械を使いますが、小鹿田焼では「唐臼(からうす)」と呼ばれる、獅子脅し(ししおどし)と同じ原理の川の水力を使ったモノを使います。

小鹿田焼の里 唐臼小鹿田焼の里

丸太の片方に水が溜まるようになっており、溢れると反対の杵(きね)が持ちあがって落ち土を砕きます。小鹿田の里には唐臼が数十機あり、「ぎーこんばこん」と里中に音を響かせています。言うまでもなく機械でやるより非常に時間のかかる作業です。

細かくなった砂は水槽に入れ丹念にゴミを取り除いた上で、素焼きの釜の上で乾燥させて粘土にする。果てしなく大変な作業です。

小鹿田焼 渓聲館~作業工程と技法~

ほとんどの窯元が多かれ少なかれ機械化する中で小鹿田焼の里では完全手作業と江戸時代からあるような道具で行っています。きっと多くの人からしてみれば、機械で粘土を作ろうが出来上がったものを見てもわからないと思う。正直なところ僕が機械で粘土を作っている姉妹釜の小石原焼と小鹿田焼の器の違いを区別できると思えない。しかし、このあたりの愚直さが小鹿田焼を特別なものにしているのでしょう。

轆轤(ろくろ)は電気ではなく、蹴ってまわすもの。小鹿田焼は芸術品ではなく日用品なため、大量に作るのですが、ひたすら蹴って轆轤を回すのには驚きました。

小鹿田の里

釉薬に使う灰も地元の植物を使って昔ながらの手法で作っているそうです。

そして釜は秀吉の朝鮮出兵時に日本で作られるようになった登窯。たぶん昔からずっと変わらない作り方で作っているのだと思う。燃料こそ、近所の山からの伐採をやめ、木材所で出る地元の杉の端材を使うようになったのですが、それも「昔ながらの手法を守る上で良いか悪いか」で迷った上での一大決心だったそうです。

小鹿田焼の里小鹿田焼の里

たしかにそこまでやれば「江戸時代から変わらない」と言っても良いのではないかと思います。

柳宗悦 日田の皿山

小鹿田焼が世に知られるようになったのは、昭和6年に柳宗悦が紀行「日田の皿山」を書いたことがきっかけでした。柳宗悦は民藝運動のなかで、各地の産地を訪れ民藝品を紹介する紀行を多く書いています。消え行くものへの哀悼や悲しさや、見知った民藝品の冷静な分析や紹介、考察などの紀行が多いなか、「日田の皿山」で語られているのは感激と興奮です。

小鹿田焼との出会いを、こう綴る

四年ほど前に戻る。私はかつて久留米の一軒の陶器屋で不思議な品々を見つけた。
それはどうしても今出来のものとは思えない。
それほど手法が古く形が良く色が美しい。
あるものは遠く唐宋(とうそう)の窯をさえ想起させた。
(中略)(窯について)文献を書物に探ったが、あらゆる努力は失敗だった。
自ら土地を踏むより致し方ない。

さらに続く

慶長ころから元禄にかけて旺盛を極めた朝鮮系の焼物が、
今日はほとんど煙滅し去ったとき、ひとりこの窯ばかりは伝統を続けて今も煙を絶やさないからである。
(中略)北九州の古陶を知ろうとする者は、活きたこの窯に来ねばならぬ。

里へ着くと

峠を降りて村に入れば聞こえるのは水車の響きである。
焼物の土を砕くのである。

と、今も変わらない、唐臼(からうす)の音を書いている。昭和6年ですら他では使っていなかったものなのでしょう。

そして、

窯は始まって以来変わらない。伝統が凡てである。
(中略)この窯には時代がないのだといった方が早い。
思いようによってはまさに時代遅れの窯である。
それを謗(そし)る人もあろうが不思議なことにはもっとも進んだ科学が産むものより、ともかく美しい。

と、小鹿田焼がなぜ特別なのかを語る。

この「日田の皿山」は大変な反響を呼び、誰にも知らていなかった皿山は、昭和36年には

つい三十年前には山間に隠れて、車も通わぬ無名のこの窯場が、
今や内地のみではなく世界からも客を集めて、小型でもバスまでが毎日通うに至った。

と、死の直前の柳宗悦が「小鹿田焼への懸念」という文章で書くまでになった。その文章で窯が正しく発展していくことを祈り、いくつかの忠告をしている。

小鹿田の窯元たちはその忠告を良く守り、昭和36年からさらに50年過ぎた今(2013年)も、おそらく柳宗悦が見た光景と大きく変わらぬ光景を見せてくれる。

おそらく、ただ昔と同じにすれば伝統を守ることにはならない。作り方を変えなくても、作るものも変われば、人も変化する、時代も変わる。窯元たちは何を変えたら小鹿田が小鹿田でなくなるのか?世代が変わっても、それをひたすら考え続けているのだと思います。

「日田の皿山」は「柳宗悦 民藝紀行」 で読むことができます。

柳宗悦民藝紀行 (岩波文庫)

岩波書店
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柳宗悦の著書の多くは著作権切れのため、電子書籍や青空文庫などで読むことができますが、「日田の皿山」はまだ切れてないためか見つけることができませんでした。

小鹿田焼

今回の旅では、十数個の小鹿田焼を手に入れました。

小鹿田焼 + 小代焼小鹿田焼

特徴的な縦線の文様は飛び鉋(とびかんな)という技法です。

長くなったので小鹿田焼自体については、また別の機会にでも

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2013 大分旅行3日目 長者原トライアル温泉郷、小国「日向草」、豊後森機関庫

December 04, 2013 at 08:00 PM | View Comments

飯田高原 長者原トライアル温泉郷

2,3泊目は長者原トライアル温泉郷に泊まりました。

トライアル温泉郷とは | 長者原温泉 トライアル温泉郷

いろいろな施設があるのですが、そのなかでもリーズナブルな 虎乃湯 へ行きました。最も安い部屋は1泊1人 1980円(素泊まり)!!もうひとつ上のランクの部屋に泊まりましたが(とは言っても2980円)、部屋は簡素ながらもキレイで良かったです。

もっとも、ベッドメイキングは自分でやらなくてはいけないし、食堂へ行くのも車で移動だし、周りは全く何もないし、行くまで高速のインターから山道を30分くらい走らないといけないのですが、大自然を満喫できるし、星空はキレイだし、家族風呂(露天付き)、大浴場、露天風呂と温泉を満喫できます。

大分 飯田高原 トライアル

僕たちの泊まった部屋は中二階構造になっており、下の階のリビングからは美しい林が見えました。

大分 飯田高原 トライアル飯田高原 トライアル

食堂のこはく食堂もリーズナブルで美味しいです。また、この食堂からの眺めも素晴らしい。

こはく食堂 | 虎乃湯

大分 飯田高原 トライアル

ちょうど、「すすき」が美しい季節だったようです。

飯田高原 トライアル大分 飯田高原 トライアル

自然を満喫するなら、ここは非常に良い宿泊施設だと思いました。近くの阿蘇の方にも大自然を満喫する宿泊施設はありますが、1万円くらいしますからね。 平日だったのにもかかわらず、宿泊客も多かったので、福岡あたりから別荘感覚で泊まる宿なのかもしれません。

小国町 日向草

今回の旅は、国東で太刀魚、別府で関さば&あら、臼杵でふぐ、由布院で玉の湯&亀の井別荘と、かなり美味しいものを食べたと思うのですが、「もう一度だけ食べるなら、ここの食事が食べたい」と思う食事は意外なところにありました。

阿蘇方面から玖珠方面へ向かう途中の小国町のはずれにあった「日向草」。

日向草 - 小国町その他/懐石・会席料理 [食べログ]

日向草日記

店のない山の中を車で走っているときに、子供がトイレに行きたいと言い出し、最初にあった店が「日向草」です。丁度昼時だったので、そのまま食事をすることにしました。数年前まで蕎麦屋だったという建物は黒塗りしているけど平凡そのもの。子供がトイレと言わなければ、まずスルーしてしまうところでした。

内装は外見と異なり古民家風で一応すべて個室です。一枚板の大きなテーブルも素敵でした。

大分 日向草 小国

メニューは

  • 秋茄子と若鶏のみぞれあんかけ
  • あったかい湯葉うどん
  • あか牛の水晶焼
  • 秋鮭のオイル焼き

どれも2000円前後なので、値段を見たときちょっと高いかなと思ったのですが、出された料理の量とクォリティを考えると、ちょっとあり得ないぐらいリーズナブルだと思いました。

最初に出てきた前菜

大分旅行2013 日向草 小国の山道 前菜

巨峰の酢ドリンク、栗の素揚げ、いちじくのゴマ味噌乗せ、なめこ、まこもたけの天ぷら、生姜の寿司。どれも洗練されていて凄く美味しい。素材が良い田舎料理とかではなく、とてつもなく独創的で且つ美味しい。栗を揚げると美味しいなんて知らなかった。盛り付けも美しいし、こんなに気の利いた前菜は食べたことがなかった。

大分旅行2013 日向草 小国の山道 とりと茄子

秋茄子と若鶏のみぞれあんかけ

大分旅行2013

あか牛の水晶焼

どちらも美味かった。なぜに水晶?と思ったけど、石より熱伝導率が良く、鉄と違って劣化しない水晶は焼肉に向いているようです。「奇をてらって」が理由ではない模様。

焼肉は素材勝負だけですが(非常においしかった)、茄子と若鶏は調理人の腕がモノを言う料理。絶妙の美味しさでした。

若い夫婦が二人だけでやっている店なので料理がでてくるまで時間はかかりますが、この内容なら文句はありません。話を聞くと、ご主人は神奈川で修行していたとのこと。奥さんも美人で感じが良かったです。

唯一残念なのは、こんなに良い店なのにあまりに遠くて通えないこと、、、近所に引っ越してくれないかな、、、。

豊後森 機関庫

親戚の挨拶周りの合間に、豊後森の機関庫へ。

蒸気機関車時代は車両の前後の区分が必要だったので、180度方向転換する施設が必要だったそうです。

ガラスも割れたまま保管されてるのですが、一部の鉄道好きに人気で夜はライトアップされていました。

太平洋戦争の時には機銃掃射により被害を受け職員3名が亡くなったそうです。今回は父親と一緒に見に行ったのですが、父親の兄が学校帰りに機関庫が機銃掃射された様子を目撃して、あわてて家に帰ってきたことを覚えている、と話してました。

豊後森 機関庫豊後森 機関庫

調べて行ったわけではないのですが、偶然にも豪華列車「ななつ星」の通過に遭遇しました。4泊5日で50万円以上ってなんでだろうと思って宿泊案内みたら、天空の森に泊まるのですね。あれ、、、、。しかも季節ごとにコースも変わるし、すごい豪華。僕にはとても無理だけど、ああいう価値観が受け入れられるのは良いことなんじゃないかな。

ななつ星 cruisetrain sevenstars
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2013 大分旅行2日目 別府、臼杵城、ふぐ、臼杵石仏群

November 23, 2013 at 09:00 AM | View Comments

2013年の大分旅行。二日目の予定は

別府(雑貨屋) → 臼杵(ふぐ・石仏) → 飯田高原(宿泊)

です。

別府 雑貨屋

まずは、雑貨屋SPICAという店へ。

別府 SPICA

spica top page

なかなか良いセレクトの店でした。金沢へ行ったときも思いましたが、地方の有名な雑貨屋は東京の下手なコピーではなく、ちゃんと独自の特徴があるのが素晴らしい。この店では奥さんが小代焼というところの皿を買いました。

小代焼

別府はその昔は新婚旅行の定番だったり、有名な観光スポットだったのですが、関東だと熱海などと同じく低迷していたようです。低迷を脱却すべく、さまざまな努力をしているのですが、アートで町おこしという一風変わった試みが成功しつつあるような印象を受けました。若いアーティストを支援したり、古い町屋や、銭湯、ストリップ劇場などをリノベーションし、雑貨屋や、ギャラリー、アート劇場などに変えていっているよようです。

BEPPU PROJECT

今回行ったのは、BEPPU PROJECT の platform04 SELECT BEPPU という店。ここは築100年の町屋をリノベーションして出来た店のようです。

別府

BEPPU PROJECT platform04

2階はマイケル・リンという人の襖絵が飾ってあり、なかなか見ごたえがありました(閲覧料100円)。

別府 platform04 マイケル・リン襖絵

けはれ竹工房 と、言うところの竹かごバックがあったのだけど、すばらしかった(値段も良い値段だったけど、あの精度ならしかたない)

このあたりは路地も雰囲気があって、いろいろ探索したかったけど、次の予定があったのではやめに切り上げました。次の機会あれば別府探索の時間が欲しいと思いました。

別府別府別府

臼杵 ふぐ・臼杵城・石仏

別府のあとは、南下して臼杵(うすき)へ。水曜どうでしょうの記念すべき第一回企画のサイコロの旅1にて一瞬だけ訪れた町ですね。

せっかくだから行ったことのない場所へ行こうと思い今回のプランに入れました。臼杵といえば、ふぐ、城、石仏。結論から言うと、とてもよい町でした。

臼杵の人々

滞在数時間だし、話した人も数人なので決め付けるには乱暴かもしれませんが、臼杵の人々はとても親切な人ばかりでした。温泉が出まくる大分県で、温泉の出ない臼杵は観光で苦戦するところもあるのかもしれませんが、観光対策とは思えないくらいの親切さでした。

まず、市の無料駐車場で車をとめ、予約していた河豚屋へ行くとき、駐車場の係の人が「どこへ行きたいのか?」と聞いてきくれて、そのまま5分くらい道案内してくれました。途中からは、別の通行人の人が道案内してくれました。

予約時間より15分早かったので、時間つぶしにうろうろしていたら、2番目に案内してくれた人が戻ってきてくれ、「店、間違った?」と、聞きに来てくれました。

ふぐ屋はふぐ屋で、「さっきの店でカボス(と、いう大分の柑橘類)が安かった」と話していたら、スーパーの袋一杯の大量のカボスをお土産でくれたり、子供用にお土産のアイスくれたり、非売品の「ふぐマン(ふぐがアンの肉まん)」を出してくれました。

大分旅行2013 臼杵 ふぐまん

店の大将の話し振りや人なりからすると、おそらくサービスとしてやっているのではなく、普通に親切心でやっているとしか思えなかったです。だって、サービスで袋いっぱいのカボスを客にあげます??

ふぐ屋 通天閣

昼に行く場合は事前予約が必要です。奥さんが予約したのですが、3000円と5000円コースの違いを聞いたら「あまり変わらないから3000円でいいかも」と答えてしまう正直モノというか、何といったらいいかわからない店主さん。

臼杵 通天閣

しかし、かなり大満足な料理でした。

ふぐ刺し、軍艦巻き、お吸い物、から揚げなどが盛りだくさんで3000円。安い。

追加で雑炊を頼みました。

大分旅行2013 臼杵 通天閣 ふぐ刺し大分旅行2013 臼杵 ふぐ雑炊

先ほど書きましたが、子供に非売品の「ふぐまん」や普通の「アイス」、スーパー袋一杯の「かぼす」を頂きました。とてつもなく親切な店だった。

臼杵城

臼杵城は戦国時代末期には大友宗麟が隠居時に居城としてた城です。大友宗麟は一時九州の2/3を領土としてましたが、島津家との争いに劣勢になり秀吉に救援を頼むも、秀吉軍先発隊との大友連合軍は島津に大敗してしまいます。 豊後(大分)は島津軍に蹂躙され、大友家の本拠地府内(大分市)も焼失します。秀吉第二軍の到着まで大友宗麟は臼杵城の前身である丹生島城での籠城に成功し、かろうじて滅亡を免れました。そのとき大友宗麟はポルトガルから輸入した国崩しと呼ばれる大砲を使ったといわれています。臼杵城跡の公園には、このレプリカが展示されています。

臼杵城 国崩し

秀吉の朝鮮出兵の後に大友家が改易になると、福原家、大田家と豊臣系大名が続き、江戸時代を通じて稲葉家が臼杵藩を収めました。初代藩主の稲葉貞通の父は織田信長の初期の話によくでる美濃三人衆の稲葉一徹です。稲葉一徹の家系が秀吉時代や関が原を上手く切り抜けて、九州の残ったというのは面白いものですね。

明治になると廃城になり天守閣などが破棄され公園になりました。

城に登る道は当時のままか分かりませんが雰囲気があります。石畳の町並みも良いですが、城への道も臼杵の魅力のひとつです。

臼杵城臼杵城

臼杵石仏群

臼杵石仏は平安時代後期から鎌倉時代に作られた60体の磨崖仏(まがいぶつ)です。磨崖仏とは、

「そそり立つ岩壁や岩壁を龕状に彫った内側に刻まれるなど、自然の岩壁や露岩、あるいは転石に造立された仏像を指す。切り出された石を素材に造立された石仏(独立石仏)は移動することが可能であるが、磨崖仏は自然の岩壁などに造立されているため移動することができない。(wikipediaより)」

大分県には磨崖仏が多く、全国の60%もの磨崖仏が集まっています。

山岳仏教の衰退とともに長い間忘れていたことと、比較的強度の弱い岩に彫られていたことより、臼杵石仏の多くは損傷していて、特に有名な園石仏群の大日如来像の仏頭は1994年まで仏体前に置かれたままでした。

Dainichi Nyorai  大日如来の仏頭

1989年の様子 (via Zanthan Photos)

臼杵石仏

修復後

仏頭が落ちた状態で保存するか、修復するか論争もあったそうですが、国宝指定の条件として修復が求められたため修復を行い、磨崖仏として初めての国宝となりました。

個人的には落ちたままの方が良かったような気がします。修復・復元作業の重要さや尊さは理解しているつもりですが、落ちたままの状態は、その状態で完成されてたもののように感じました。

臼杵石仏群は4つの群からなっています。

臼杵石仏臼杵石仏 stone figures of the Buddha at Usuki, Japan

中でも優しい顔をした山王山石仏が気に入りました。

臼杵石仏

臼杵は大分には珍しく温泉が出ないため、観光都市としては難しい部分もあるようですが、それを補う歴史や食べ物などの魅力がたくさんでした。次回はもう少しゆっくりと観光したい。

飯田高原 トライアル

2,3日の宿泊は飯田高原トライアル。ここは福岡あたりから家族で長期滞在して自然と温泉を楽しむタイプの宿なので、とにかく安い。親戚まわりにも丁度いいので、ここの宿にしました。

大自然、星も美しい、施設も新しい、温泉も良い、、、、あたりが、良いところ。 山奥、ベッドの用意が自前、夜行くと暗くて怖い、、、あたりが、良くなかったところ。

昔に比べるとだいぶ道はよくなったようですが、それでも山道なので車酔いしやすい人には辛かったよう。

全体的には良かったと思う。 食事は施設の食堂を予約して食べたのだけど、普通のご飯が普通に美味しかった。

こちらについては3日目に詳しく書きます。

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2013 大分旅行1日目 国東半島 別府 (銀たちの郷・杵築・とよ常・眺望の宿しおり)

November 09, 2013 at 09:00 AM | View Comments

先日、4泊5日で大分へ家族旅行へ行ってきました。なぜ九州の中でも比較的地味な大分へ行ったかというと親戚が多くいるから。親戚の人たちが元気なうちに挨拶がてらに旅行へ行こうと思ったのです。

飛行機は初の格安航空のJetStar。羽田空港がなく、成田からしかないのが残念ですが、大分空港があるのが魅力です。片道5480円とうたっていますが、なんだかんだで7000円くらいですね。しかし、安い。

確かに、座席は狭いし、成田空港から飛行機まではバスだし、座席にモニターないし、成田空港の荷物受け取り場所は殺伐としているし、荷物の重量を計った後に自分で2,3m運ばなければいけないし、座席は狭いし、機内の飲み物と食べるものは有料だし、ネットサイトは面倒だし、ダイレクトメールはうざいし、シートはぜんぜんリクライニングしないし、機体は小さいし、クラスJは恋しいし、座席は狭いけど、安い。とっても安い。

次回、JetStar便がある空港近くへ旅行するときは、文句を言いながらもJetStarを使ってしまいそうです。

空港からはレンタカー、大人4人(僕ら夫婦&僕の両親)と幼児1人だったのだけど、安さに負けて1500ccクラス(Cube)にしたけど、これは失敗。車移動の多い旅行だったので、もうちょっと広い車にすればよかった。

初日は大分空港 → 国東半島で太刀魚食べる(銀たちの郷) → 杵築(親戚挨拶・観光)→別府

というスケジュール。

国東半島 銀たちの郷

大分の海鮮物は福岡よりから宮崎よりにかけて、はも(中津)、車えび(桜島)、城下かれい(日出)、関あじ・関さば(佐賀関)、ふぐ(臼杵)、伊勢海老(津久見、佐伯)と、有名なものが目白押しですが、国東半島の太刀魚も魅力的です。というのも、太刀魚は非常に鮮度が落ちやすい魚なので、産地で食べないと本当の美味しさがわからないといわれているからです。

ちなみに、大分海沿いの親戚が関東のスーパーで太刀魚を見たとき「腐ってる」と思ったそうです。

今回は大分空港から目的地である杵築・別府方面とは逆方面に20分したところにある「銀たちの郷」へ行きました。

刺身・天ぷら・焼き魚・寿司・お吸い物・うな重を模した蒲焼重とさまざまな太刀魚料理を堪能。太刀魚は骨が大きく硬く、身も薄いのでおろすのが面倒だと思うのですが、そのまま焼いて食べる焼き魚以外は綺麗に3枚おろしにして調理されていました。

大分旅行2013 国東半島 太刀魚寿司国東

そもそも白身魚のなかでも淡白な魚なのだけど、今回食べた太刀魚はしっかりとした味があり、非常に美味しかった。うな重のように調理した太刀魚重も太刀魚の味が濃いたれに負けてなく美味しかった。最近、うなぎがそれほど好きじゃなくなっているので、個人的には太刀魚重の方が好きかもしれない。

大分県観光ポータルサイト: : おおいたリアンプラス : : OITARIAN PLUS : :

大分旅行2013

おなか一杯で食べれなかったけど、棒状の練り物に太刀魚を巻いて揚げたと思われる「銀たち巻」を食べたかった。

国東

杵築 城下町

今回の大分旅行で感じたのは、「大分の各地はそれぞれ観光に力を入れている」と、いうことでした。

杵築は城下町の二つの高台にそれぞれ武家屋敷がいくつかあり、それらをつなぐ坂の景観が良いので、そこを目玉に整備をしていました。今回は片方の高台へ行きました。

いくつか残る武家屋敷は長い間荒れるがままにしていたようですが、大規模修繕を行っていました。整備が完了した屋敷もいくつかあり、無料で見学できるところもありました。

杵築杵築杵築杵築 武家屋敷杵築 武家屋敷

今回は遠くから見るだけでしたが、杵築城は戦国時代には多くの戦いの舞台になった城です。

大友と島津の戦いでは、大友方の秀吉の九州遠征まで耐え切った数少ない城のひとつです。

また、関が原では、没落した大友家が再興を目指し西軍につき、東軍の細川忠興の飛び地であった杵築城を攻めています。城代は漫画「へうげもの」にも登場した忠興の重心である松井康之。見事に防ぎきり、救援にきた黒田如水と合流して石垣原の戦い(別府)で勝利しています。

2014年の大河ドラマ「黒田官兵衛(如水)」でも、このあたりの戦いが放送されるかもしれませんね。

大分県杵築市観光協会公式ホームページ

別府 とよ常

別府の食事はネットの評判を信じて「とよ常」へ。結果から言うと、ここは当たりだった。

関さば、海老の揚げ物、あじ、ぶり、あらの寿司などなど。

大分旅行2013 別府 とよ常 海老のから揚げ大分旅行2013 別府 とよ常 寿司3種(あじ、ぶり、あら)大分旅行2013 関さば

どれも美味しかったが、アラの兜煮が特に好みだった。ちなみにアラとは魚のアラではなくクエのことです。

大分旅行2013 別府 とよ常 あらのかぶと蒸

地元の人が多くきていたようですが、お目当ては天丼でした。かなりのボリュームで値段800円以下。あの天丼は海老好きな人にはたまらないかもしれない。

残念なのは、オープンキッチンで、名物が天丼なので油のニオイだけでおなか一杯になってしまうこと。キッチンから離れた席で食べるのが良い。

お食事処 とよ常

別府 眺望の宿しおり

温泉は家族風呂を借りることができ、朝食は美味しかったので一応満足はしたけど、部屋が残念だった。おそらく古い施設を改築してホテルにしたのだと思うのだけど、部屋のつくりが古く、内装も微妙だった。ネット上での写真で見る限りでは良いのだけど。もっとも、ホテルのなかでも安い部屋だったからかもしれない。海側の良い部屋だったら、また印象が違ったかも。また、今回は外で食べたいところがあったので夕食をつけなかったけど、朝食の美味しさを考えると夕食も美味しかったのかもしれない。

最近「良い写真とはどういうものか?」と、よく考えるのだけど、実物をみたときにがっかりするのが良い写真なら、それには何の意味もないのではないかと思う。

翌朝は、朝風呂に入り、チェックアウトまでの時間は庭に設置してる足湯につかった。庭の足湯とそこからの眺めはとても良かった。

別府別府別府

別府の温泉 観海寺温泉の旅館 眺望の宿 しおり【宿泊 公式ホームページ】

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OLYMPUS PEN FT で撮影

September 30, 2013 at 07:00 AM | View Comments

先日買ったOLYMPUS PEN FTのネガを1本現像しました。

ueBLOG | OLYMPUS PEN EES と PEN FTを買いました!

低速シャッター時に問題がありそうだけど、それ以外は普通に動く。写り自体も修理すればもうちょっとシャープなのかもしれないけど、今のままも独特の味わいがあって良いかもしれないと思いました。

PEN FTはハーフサイズ一眼レフカメラなので、通常の35mmフィルムカメラ1コマ分に2コマ分撮影することができます。

僕は現像したフィルムネガをスキャナーでスキャンしているのだけど、1コマずつではなく、2コマ1セットでスキャンしました。

Flickrでもハーフサイズカメラの写真は2コマ1セットであがっているものが多く、それが面白かったので、撮影のときから、2コマづつ撮影しておいたのです。

IMG_0023dollIMG_0018

このカメラは撮影用というより、コレクションとして欲しかったので、1、2本撮影したら保管しようと思っていたのですが、あがってきた写真を見ると好きな雰囲気になるので、もうちょっと使ってみようと思います。

categories: olympuspenft, photo, camera
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シャトルシェフで作る、失敗しない男料理「豚の紅茶煮(番茶煮)」

September 28, 2013 at 07:00 AM | View Comments

たまにしか料理をしない人でも絶対に失敗せずに、人に出したら「おっ!」と思われる料理にシャトルシェフで作る「豚の紅茶煮」というのがあります。

大体、料理における失敗は、「材料の失敗(主に組み合わせ)」「熱処理の失敗」「味付けの失敗」がほとんどなのだけど、

  • 材料の失敗: 豚の塊肉+紅茶しか使わない
  • 熱処理の失敗:シャトルシェフまかせ
  • 味付けの失敗:味付けなし!塩コショウすらしない

というように、そもそもすることが極端に少ないので失敗しようがないのです。

シャトルシェフを用意しなければいけないところがハードル高いといえば高いのだけど、最近は結構安くなっているし、普通のなべとしても使えるので1つくらい持っていても損はないでしょう。

ちなみにシャトルシェフというのは、別名保温鍋と呼ばれるもので、鍋の熱を逃がさない保温器に入れておくことで、長時間、低温でじっくり煮込むことのできるTHERMOSから発売されている鍋です。

サイズは2~4人で3L前後、4~6人家族で4.5L前後が良いでしょう。

THERMOS 真空保温調理器 シャトルシェフ 2.8L オフホワイト KBF-3000 OWH
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買う前にTHERMOSのサイトのQ&Aを読むといいでしょう。

シャトルシェフのQ&A 魔法の調理器具サーモスシャトルシェフ販売・グッドクック

作り方

材料

  • 豚のかたまり肉 500gくらい
  • ティーパック紅茶(僕は一保堂の京番茶を使いました)

用意するもの

  • たこひも
  • ジップロック
  1. 豚のかたまり肉をたこひもで縛る。最初から縛られて売っている場合もあるので、それを使うと便利。僕はコストコの縛られている肉を使いました。
  2. (やっても、やらなくてもいい)。シャトルシェフに油を少しひいて、軽く肉を炒める。
  3. シャトルシェフに水を入れて、沸騰するまで煮る。沸騰した後2~3分したら、お湯を一度捨てて、肉を取り出し、鍋を一度洗う。
  4. 再び肉を入れて、水をひたひた(肉が浸水しきるぎりぎりくらい)に入れて、煮る。紅茶ティーパックを2,3個投入。僕は100円ショップで売っているダシを入れる袋に京番茶を入れたものを使いました。
豚番茶煮
  1. 沸騰後、4~5分で火を止める。紅茶ティーパックを取り出す。シャトルシェフを保温器に入れて、5~6時間放置。
豚番茶煮
  1. 完成!肉はジップロックにでも入れて冷蔵庫保管。煮汁は捨てずにラーメンの汁やご飯を炊くのに使う。
豚番茶煮豚番茶煮

食べるときは、わさび醤油や辛子醤油などにつけて食べる。

また、ジップロックに入れるときに、漬け汁(醤油、みりん、酒 を2:1:1 の割合。200ml,100ml,100mlで作って足りなかったら適当に足す)を入れて味付けしても可。一緒に殻を剥いたゆで卵を入れると更に良い。

我が家では、煮汁に味付けをしてチャーシュー麺になりました。

豚番茶煮

今回は一保堂の京番茶(いり番茶)を使ったのですが、これは良かった。

京番茶も煮豚も独特のくさみがあるのですが、一緒に煮ることでお互いのくさみを完全に消し去って、すごくすっきりした風味になりました。

我が家では麦茶の代わりに煮出した京番茶を冷やして飲んでいるのですが、冷やし京番茶は非常に美味しいので、こちらもおすすめです。

categories: food, cook
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ホテル・オークラ東京のロビーとプール

September 14, 2013 at 10:00 AM | View Comments

8月の終わりにホテル・オークラ東京に泊まってきました。家族旅行の一環なのだけど、1泊程度の小旅行なら移動時間に時間をかけるより、近場でゆっくりする方が良いと思うようになりました。

去年は、昭島のホテル(フォレスト・イン昭和館)で一泊して入間・福生を回ってきたのですが、今年はより近場ということで、虎ノ門のホテル・オークラ東京へ。プール利用券つきの格安プランです。

最近の高級ホテルには縁がないのでよく分からないのですが、手ごろ価格の部屋もある老舗ホテルは結構好きです。フォレスト・イン昭和館もそうでしたが、オークラグループのホテルは「古い = ボロい」ではなく、「古い = 味がある」になっています。そうしているのはホテルマンたちの力です。

「商売の基本は人」、と、いうのは良く聞く話ですが、ホテルというのは、それが最たる場なのかもしれません。

ホテル・オークラ東京は1962年開業(本館)なので50年以上前のホテルです。当時の雰囲気を残しながらも、客室などは現代風に快適にリフォームされています。

当時の雰囲気を大切に残しているところは、外壁のなまこ壁や、表示物各種、そして豪華なメインロビーです。

創業者・大倉喜七郎氏の「宗達・光琳のような日本美術の粋を」というリクエストに設計士・谷口吉郎氏の設計したメインロビーの雰囲気はやはり素晴らしかった。

Hotel Okura TokyoHotel Okura TokyoHotel Okura Tokyo

上の写真はRolleiflexにKodak Portra400。ちょっと値上がりしたけどPortraはやっぱりいいフィルムだ。

初日は昼過ぎにホテルへ着いて、夕方までプール。

さほど豪華という訳ではないですが、客も少ないのでゆっくりした時間を過ごせました。子供プールは膝下くらいの浅いプールと水深80cmくらいのプールの二つ。子供も大喜びでした。

こっちの写真は KYOCERA T-PROOF(YASHICA T4 SUPERの国内モデル) に FUJIFILM のISO100のフィルムで。

T-PROOFは防水までいかないけど防滴なので、プールの中でも使ってみました。

Hotel Okura Tokyo,PoolHotel Okura Tokyo,PoolHotel Okura Tokyo,PoolHotel Okura Tokyo,Pool

プールにT4だと、気分はTerrry Richardson。

Terry Richardson with Yashica T4 - YouTube

ノンフラッシュで子供の写真も撮ったのだけど(というか、それがメイン) 、このカメラは昼でも強制フラッシュ炊いた方が良かったかもしれない。

夕食はリッチにホテルで、、と、言うわけではなく、歩いて10分くらいのナポリ大好きなピザ屋でピザを食べました。

(2) pizzeria da peppe NAPOLISTA’CA’’「ナポリスタカ」

なかなか美味しいピザでした。

翌日はチェックアウトした後、ホテル内の店を覗いて、日比谷線の日比谷で降りて丸の内方面をぶらぶらして帰りました。都内ホテルは遠くへ旅行するより気軽なので結構楽しかったです。

categories: rolleiflex, photo, hotel, yashicat4
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