「ゲゲゲの女房」がNHKオンデマンド特選ライブラリーに登場
May 28, 2011 at 10:12 AM | View Comments月額945円で見放題のNHKオンデマンド特選ライブラリーに2010年に社会現象にもなった「ゲゲゲの女房」が登場しました。現在(2011/05/28)、78話まで見れますが、2011/06/20には全156話見れます。
61話まで見ました。1話15分なので15時間15分、、、、、、。ひょっとしたら僕は暇なのかもしれない、、、、、。
他にも香川照之主演の「 NHKオンデマンド | NHKスペシャル 鬼太郎が見た玉砕 ~水木しげるの戦争~ 」も見れるし、水木さんが89分に渡り半生を振り返る「 NHKオンデマンド | プレミアム8 水木しげる <人物> なまけ者になりなさい ~ゲゲゲの女房との のほほん人生~ 」も見れるしNHKオンデマンドは水木ファンにとってかなりお買い得。
さて、2010年は社会現象までになったのにもかかわらず、2011年にはすっかり忘れられてしまうあたりが水木さんらしいですが(そして完全に忘れたころに社会現象になる?)、2011年も水木さん関連の話題は結構あります。
新連載「ゲゲゲの家計簿」
まず、88才にしてビックコミックに「ゲゲゲの家計簿」を新連載!!以前、ゲゲゲの女房のHPで弟でマネージャーの幸夫氏がインタビューで
兄は几帳面なところがあって、昭和26年から水木プロができた昭和41年までの現金の出し入れをつけていたんですよ。 (そこには紙芝居屋さんからもらった原稿料や質屋の出し入れなどが、こと細かく記され、まさに極貧時代が伺い知れるものでした) ほら、残高がいつも少ないでしょう。
と言っていたものの漫画化ということのようです。
貸本版「悪魔くん」「河童の三平」角川コミック文庫で発売
既に発売されていた角川コミック文庫の貸本版「墓場鬼太郎」に続き、貸本版の「悪魔くん」「河童の三平」が発売されました。
貸本時代の名作が手軽に読めるのはありがたいですね。角川コミック文庫シリーズは鬼太郎を妖怪と言ったり(鬼太郎は幽霊族)、復元クオリティが低かったり微妙に水木さんへの愛情を感じられないところがあるのですが、探さなくても読めるのでありがたいです。
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悪魔くんは打ち切りのため無理矢理終わらせた感が強いし、共産主義が正義と思われていた時代ならではだなと思うのでそれほど魅かれなかったですが、河童の三平の方はほのぼの系でありながら全編に渡って漂う「死」の匂いが凄い。貸本時代の水木さんの漫画はなんでそんな話が生まれるのか全くわからないところが凄いし好きです。
水木しげるロード、前年より2ヶ月早く100万人突破
鳥取県境港の水木しげるロードに訪れた観光客が前年より2ヶ月も早い2011/05/14に100万人を突破したとのことです。ゴールデンウィークには40万人もの観光客が訪れたとのこと。
観光スポットとして完全に定着した様子が伺えます。きっとリピーターが多いんだろうな、、、、。
水木しげるロードは大きな資本が入っておらず、地方自治体と近所の商店街のおじさんおばさんで成り立っているようなのですが、この盛況。まだ行ったことがないので、一度行ってみたいです。
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ゲゲゲの女房総集編放送決定!
October 19, 2010 at 11:38 PM | View Comments年末にゲゲゲの女房の総集編放送が決定したようです。
『ゲゲゲの女房 総集編』(仮) ○放送予定 12月29日(水)、30日(木)、31日(金) (3日間とも)総合/午前7:20~8:28〈68分×3回〉 漫画家・水木しげるの妻・布美枝の目を通して見た、夫婦の歩んだ長い道のりの物語――。 3月29日から9月25日まで放送したドラマの「総集編」放送が決定!
ちょっと時間帯が早いし、全5回くらいでいいのでは、、と、思いましたけど、、放送してくれるだけでありがたい。
ゲゲゲの女房は本当に楽しかった。
興味はあったけど途中からみるのがなんとなく嫌とか、朝起きるのがつらい、、という人も多かったと思うので総集編だけでも見るといいかも。
ハードディスクレコーダー持ってないのでそれまでに買おうっと!
- 録画できるテレビ
- ブルーレイディスクレコーダー
- DVDディスクレコーダー
- PS3 + torne
どれがいいか迷う。。。。
この発表をもって、プロデューサーブログも終了。お疲れさまでした。
ゲゲゲの女房最終回
September 26, 2010 at 01:19 AM | View Comments今日はここ数ヶ月間、毎日楽しみにしていたNHK連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」の最終回だった。
シナリオや演出のテクニックで盛り上げることも出来ただろうに、最終週だからといって過剰なことはせず静かに物語を終結させていた。最後まで良いドラマだったと思う。
物語は紫綬褒章や水木しげるロードのエピソードをやらず昭和60年代で終えたのだけど、水木しげるの物語ではなく、水木しげると家族の物語なのでそれでよかったと思う。あれだけの人気があったのは普遍で、いろいろな人が同感できる家族の物語としても秀逸だったからだと思う。
本当に丁寧なシナリオ、丁寧な美術、丁寧な演出、美しい音楽、そして魅力的な俳優さんたちでした。
本当はこまめにいろいろ書けばよかったのだけど、書けないまま最終回になっていまったので書こうと思っていたことを簡単に書いてみようと思う。
ホームページは2010年10月末まで
ゲゲゲの女房のホームページはPC版、携帯版どちらも内容が盛りだくさんなのですが、なんと終了一ヵ月後の10月末で閉鎖されてしまうとのことです。
もったいない。
なかでも読んでおいた方がよいと思うのは「トピックス」の「ゲゲゲの弟」、水木しげるさんの弟の幸夫さんのインタビュー。
幸夫さんは戦中は学徒動員で長崎にいたのだけど、原爆が落ちたときは実家に帰省していて難を逃れている。そのことが書かれているので引用させてもらう。
兄たちは(戦争に)行きましたが、私は行っていません。なぜか召集令状が来なかった。 終戦の年には学徒動員で長崎に行っていました。そしてその年の8月に入って、役場に「赤紙が来てないか?」と聞きに、休みをもらって2週間ばかり実家に帰省しました。ですから長崎に特殊爆弾(原子爆弾)が落ちたときは、たまたまいなかったんです。 ですが、8月15日にはまた長崎に向かい、16日の朝につきました。もう焼け野原でした。どこも真っ赤で、何もない。爆心地を抜けて寮があった場所に行きましたが、300人ほどいた仲間が皆、出征して10人くらいになっていました。
幸運と言ってしまっていいのかわからないけど、危ないところでした。ちなみに水木しげるさんはラバウルで片手を失い、長兄は戦犯として8年巣鴨に拘留されている。
そして、戦後直前についても小説や自伝漫画で見たことがない記述がある。
水木が東京で魚屋をやるって言うんで、私も米子の会社を辞めて昭和22年に手伝いのために東京に出て行ったんです。当時はまだ食品は配給制で役所に届けないと魚屋になれなかったのですが、傷痍軍人だった兄には、魚屋の権利がもらえたんです。配給された魚を片手でさばくことは難しいので、私はそれを手伝っていました。 (中略 武蔵野美術学校入学の話など) その後は傷痍軍人の街頭募金をしながら神戸に行ってそのまま帰ってきませんでした。
魚屋になったエピソードは自伝にありましたが、幸夫氏を呼んだことは書いてなかったような、、、そして、戻ってこないって、、(笑。
最後に、水木さんの意外な一面についても書かれている。
兄は几帳面なところがあって、昭和26年から水木プロができた昭和41年までの現金の出し入れをつけていたんですよ。 (そこには紙芝居屋さんからもらった原稿料や質屋の出し入れなどが、こと細かく記され、まさに極貧時代が伺い知れるものでした) ほら、残高がいつも少ないでしょう。
水木さんはかなり几帳面だったのですね。その時代を知る資料になりそう、こういうものはいずれは国の財産として保存されると良いと思う。
ホームページは他にも「あらすじ」などの文章もしっかりしているので、途中から見始めた人は見てない部分を読むといいでしょう。
シルクハットと燕尾服
最終週で水木プロ創設20周年パーティーが行われたのですが、そのときの水木さんの服装はシルクハットと燕尾服でした。
これにも元ネタがあって、紫綬褒章受賞の際に尊敬する 南方熊楠が昭和天皇に「ご進講」をした際と同じ服装をしたことです。「紫綬褒章受賞をやらなのだからせめて服装だけでも、、、」と、演出家か美術の人が思いついたのかもしれません。
ちなみに美術スタッフの奮闘はケータイサイトの「ゲゲゲの裏側」が詳しいです。
中でもオススメなのは13週 「男のロマン凝縮!茂の連合艦隊」。ここも少しだけ引用
劇中で登場した戦艦たちは、カメラに映らないところまで精巧に作られています。 ベースとなっている船体は当初、座りをよくするために船底が平らに作られていましたが、ドラマに登場するものはリアル感を出すためにスクリューなどが取り付けられています。 (中略)パッケージももちろん手作り。
美術スタッフの活躍は新聞のテレビ欄が有名になりましたが、プラモデルや水木さん以外の漫画家の漫画などのこだわりも凄かったです。
アシスタント3人組
神社で出会った小峰のモデルが「ねじ式」などで有名なつげ義春さん、大阪から来た倉田のモデルは池上遼一さんです。
菅ちゃんは良くわかりません。きっと水木さんの点画があまりに凄いので点画を支えた人たちを描きたかったのではないかと思う。
ゲゲゲの女房の原作にありましたが、「ねじ式」は水木プロダクション在籍中に書かれたものだそうです。
池上遼一さんは雁屋哲さん(美味しんぼ)原作の「男大空」「男組」などがヒット。最近は武尊論さんとのタッグでヒット作を連発している。
ちなみに雁屋哲さんは「男大空」「男組」で手にした大金すべてを美食で使い果たし、美食で使った金は美食で取り返す、、、と、美味しんぼをはじめたと、どこかで読んだ気がする。
渡邊亮徳と平山亨
テレビ局のプロデューサーの船山信義のモデルは渡邊亮徳さんとと平山亨さんと言われる。
仮面ライダーシリーズや戦隊シリーズの生みの親として有名。
戦隊ものは攻撃する前に独特のポーズをとるのだけど、これは歌舞伎の白波五人男からヒントを得て平山さんが決めたと言われる。戦隊ものは海外でも人気が高いし、マトリックスで決めポーズをとるのは、こういった日本の戦隊ものなどの影響があると言われる。
と、ビートたけしの番組で見たことがあります。
この二人は水木さんに負けないくらい興味深いので、あとでまた書くかも、、、。
台湾でも放送
台湾旅行に行く前、「ゲゲゲの女房見れない、、、どうしよう」と、思っていたのですが、NHKは台湾で普通に放送していました。ただし時差が1時間あるので注意。。って、もう終わったから関係ないですね、、、、。
2週間は NHKオンデマンド で見れるから放送してなくてもなんとかなりますけどね。
ちょっと、書くつもりが長くなってきたのでこの辺で、、、、、。
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最高のテレビ小説はやっぱりBDで見たい。
お金は無いけど幸せな水木夫妻のものがたり
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DVDボックス欲しいな、、、、
ゲゲゲ展と佐藤雅彦展
August 18, 2010 at 10:29 PM | View Comments子供が小さいと美術館や展覧会になかなか行けないのだけど、どうしても行きたかった
を見てきました。両方とも行ってよかった。
水木しげる米寿記念 ゲゲゲ展
銀座松屋の8階特設会場で行われたのですが、平日で大人1000円にもかかわらず、すごい混雑でした。週末はtwitterのタイムラインを見る限り30分待ちくらいだったので、もっと人が集まったようです。僕も毎日たのしみにしている「ゲゲゲの女房」効果だと思いますが、とにかく凄かったです。
点画がすごい
しかし、そんな混雑よりも凄かったのが水木サンの原画。よく言われることですが、とにかく点画がすさまじく精巧でした。
普通、漫画は「線」を描いて墨で黒く塗ったり、機械的に点や線が描かれたスクリーントーンを貼ったりするのですが、水木サンの漫画はスクリーントーンを使わずにひたすら人力で点を打ちまくります。
また、「線」の部分も「点」で、しかも濃淡で表現したりします。
印刷物と違って原画はその1点1点を手で描いているのが伝わってきて迫力というか、執念というか、「凄い」というのは何度も聞いていたけど「一見にしかず」だなと思いました。
美術の教科書やテレビで何度も目にした絵画の現物を初めて見るとき大抵「おぉすげぇ、印刷とはやっぱり違う(ちなみにクリムトの絵をはじめてみたときに特にそう思った)」と思うわけですが、水木サンの原画も全く同じ驚きを感じました。
ありきたりな感想で申し訳ないが、本当に見てよかった。
特に妖怪画はみっちり描き込まれているので必見です。
貸本時代の原画も多数
事前情報では貸本時代の原画はあまりないとのことでしたが、結構たくさんありました。
角川書店から出ている貸本版「墓場鬼太郎」は、原画ではなく一度印刷されたものを再印刷していると思うのですが、原画があるならちゃんと印刷してほしいと思いました。
アシスタントを雇えない時代なので、それ以降の精密さほどではないですが、思っていたより細かく描いていたのだなと思いました。
貸本時代のものは、後にリメイクすることが多かったのですが、上下に貸本版・リメイク版と比較できるように展示されていました。
鬼太郎漫画も全然読み込めていないですが、個人的には貸本時代の方がすきなので原画が見れてうれしかったです。
手ぬぐいを買った
ますますゲゲゲの女房のリアリティが拡大するゲゲゲ展とゲゲゲ手ぬぐい:[mi]みたいもん!
でも注目されていたグッズ 「手染め手ぬぐい」を僕も買いました。


奥さんが言うには有名な手ぬぐい屋 「 :: 株式会社 かまわぬ :: 」のものだそうです。
なかなか素敵な柄ですよね。
佐藤雅彦「これも自分と認めざるをえない展」
銀座から日比谷線で六本木へ。ミッドタウンにある21_21 DESIGN SIGHで佐藤雅彦さんの「これも自分とは認めざるをえない展」を見てきました。
佐藤雅彦とは
CMプランナー時代に「スコーン」「モルツ」「ポリンキー」「ピコ」などのヒットCMを生み出し、ゲームを作ってみれば「I.Q.」で80万本ヒットし、「だんご3兄弟」「ピタゴラスイッチ」などでも社会現象を巻き起こした天才。
以前、このブログでも紹介したことがある人物です。
インタラクティブ
今回の「これも自分と認めざるをえない展」は体験型の展覧会で、最初にパソコンで「名前、体重・身長、網膜」などを計り、さまざまな体験をすることで自分の属性というのを考えるものでした。
言葉にすると難しそうですが、ちょっと笑ってしまうようなもの本気なんだかユーモアなんだか分からないアトラクションみたいなものです。
例えば、箱に穴があり、そこを覗くと人がたくさんいるビーチが見える。箱の上にはスクリーンがあり、なにやらそのビーチの一部が映し出されている。
ビーチにはビキニの女性なんかもいるので、箱の穴を見ている人がつい凝視してしまうと、スクリーンにその人が凝視しているビキニの女性が映るため、ほかの人は
「あ、あの人はビキニの女子をガン見しているのね」
分かるような仕組みになっている。ちなみにタイトルは「覗かれ部屋」。
おそらく目の動きをカメラで感知してスクリーンに投影しているのだけど、感度がそれほど高性能ではないようなので、本当はビキニの女性を凝視しているのに、スクリーンには男性のケツを凝視しているように映るかもしれない。
本人からすれば〇〇だけど、他の人やモノ(機械など)からすると違うように捉えられる(属性)。かも、というのがこの展覧会のミソなのかと思いました。
体験型なので、ちょっとでも混むとひたすら待たされるのが難点ですが、面白い展覧会でした。
著名人のデスクトップ
他にも、6台のノートパソコンそれぞれに著名人のデスクトップが表示されている、というのが面白かった。
タイトルは「頭の中の散らばり方」で、著名人たちは梅田望夫、小山田圭吾、椎名林檎、穂村 弘、茂木健一郎、佐藤雅彦。
椎名林檎のデスクトップが非常にきれいでした。
ちょっと前にデスクトップ百景という企画がありましたが、それの有名人版ですね。
ちゃんとアートになっているのが良かった。
子供がいたので全部体験はできなかったけど、この展覧会も行ってよかったです。
水木サンの戦争 完全版水木しげる伝(中)戦中編
August 15, 2010 at 08:00 AM | View Commentsゲゲゲの女房の第21週のサブタイトルは「戦争と楽園」らしい。
20週最終日の予告動画を見ると海に飛び込んだり、崖にぶら下がったりする水木サン役の向井理の姿がある。
予算の問題もあるし本筋から外れるため全部はやらないだろうが,水木サンの戦争体験について僕が想像していたよりも深くやるようだ。
僕は歴史ものの本を読むのが好きなのだけど昭和史は老後の楽しみと思って残していた。迂闊に読むとイデオロギー云々になるので面倒ということもある。
水木サンの戦記モノに傑作が多いことは噂で知っていたが、そういったいきさつもあって今まで読まないようにしていたのだが「ゲゲゲの女房」で水木サンの漫画をいろいろ読むようになったこともあって、こちらも解禁することにした。
水木さんの戦記モノで最も有名なのは、「総員玉砕せよ!」なのだが、未読である。
「総員玉砕せよ!」は実体験を元にしていて、水木サンの分身が主人公で90%は事実だが最後だけ変えているそうだ。いずれ読みたいと思っているが、読むのはまだ後でいいと思っている。
僕が読んだのは「完全版水木しげる伝(中)戦中編」だ。ずっと品切重版無しの状態だったのだが、7月にようやく重版された。
これは最前線に送られてから終戦で帰国し、貸本漫画家になるまでを描いている。元は「ゲゲゲの女房」でよく引用されている「ボクの一生はゲゲゲの楽園だ」を文庫化するときにタイトルを変えたものらしい。元の「ボクの一生はゲゲゲの楽園だ」を読んだことがないので、どこがどう変わっているのかは分からない。
途中、途中であからさまに絵の雰囲気や印刷が変わるので不思議に思っていたが、どうやらそれまで描いてきた短編や、もう一つの代表作「昭和史」などの場面を繋ぎ合わせているところが多いようだ。
大きな戦闘がなかったラバウルにいたものの、なぜか戦闘を行った部隊ばかりにいて、10人の決死隊に選ばれるもののたった一人の生き残りになり、退却先の部隊は玉砕することになる、水木さんは左腕を失うも数少ない生き残りになる。
決死隊で全滅を免れた場面は
「ランボーより凄い」
と、思った。もっとも逃げるばかりで勇ましく戦うシーンはないのだが、崖から海へ飛び込んでり、服を着たまま一日中泳いだり、ジャングルの中をひたすら彷徨う、、。壮絶を極める。
戦友たちの死は砲弾や銃撃、撃沈によってのみ起こるわけではなく、マラリアやアメーバ赤痢などの病気で死に、ワニに喰われて死ぬ。そして玉砕命令。
玉砕とは勝ち目の無くなった部隊がマシンガンや戦車、砲などを持つ敵に日本刀や銃剣で突撃して全滅することだが、水木サンは無意味な玉砕より遊撃(ゲリラ戦)に転ずるとした中隊長の判断で生き延びる。とは言っても玉砕の生き残りということで大変な目にあうのだが、そちらは本書を読んで欲しい。
左手を失い、何度も再発するマラリアにも耐え本土に帰還するわけだが、帰還後の話も興味深い。
戦中、戦後直後に通じて水木サンは自分のことを正直に描いているように思える。
特に戦死した戦友の母が水木サンの元を訪ねるシーンがあるのだが、息子の最後を話し、そして、涙する母親を前に、なんと笑ってしまったそうである。別におかしいわけではないし、不謹慎なのは分かっていたようだが複雑に絡んだ感情が水木サンをそうさせてしまったそうだ。どんな心境だったのか、実際にはどんな感じだったのかは分からないが、そんなことまで正直に描くことに驚いた。
この本は、そんな水木サンの正直さ、そしてマイペースさがいたるところに見え隠れする。
すべての水木サンの漫画を読んだ訳ではないので最良かどうかは分からないが、水木サンの戦争を知るには良い本だと思う。
ゲゲゲの女房 第16週「来るべき時が来た」7日連続視聴率20%超え成らず、、、
August 12, 2010 at 10:27 PM | View Commentsいつも参考にしていた視聴率サイトが閉鎖されたため分からなかった、中盤のクライマックスともいえるゲゲの女房の第16週「来るべき時が来た」の視聴率結果がようやく分かりました。
第16週「来るべき時が来た」
- 第91回[7/12(月)]21.8%
- 第92回[7/13(火)]20.6%
- 第93回[7/14(水)]20.0%
- 第94回[7/15(木)]20.7%
- 第95回[7/16(金)]20.1%
- 第96回[7/17(土)]19.6%
F-CAST テレビドラマ視聴率速報 ゲゲゲの女房 全視聴率 松下奈緒主演 週平均18%超
残念ながら最終日だけ20%を下回ってしまいました。
正直なところ、僕はテレビ業界に疎いので視聴率20%を超える意味をちゃんと理解していないのですが、
- 初回視聴率14.8%は連続テレビ小説の最低記録だったこと
- 6/12に初めて20%を超えたときにニュースになったこと
からいっても、一日でも20%を超えることは大変なことだと思います。
第16話「来るべき時が来た」は
- 月 雄玄社(講談社)の「少年ランド(少年マガジン)」の豊川編集長(内田勝編集長)より原稿の依頼
- 火 「テレビくん」の構想を思いつくが、キャラクターがかわいくないことに気づく
- 水 布美枝の協力もあり「テレビくん」完成。豊川絶賛。「少年ランド(少年マガジン)」にて「墓場の鬼太郎」を書くことに
- 木 「墓場の鬼太郎」が読者人気投票で最下位。
- 金 豊川編集長の強い意向で「墓場の鬼太郎」連載開始。少年ランドの原稿量で質屋の質草をすべて請け出しに。「テレビくん」が「雄玄社漫画賞」を受賞。
- 土 「雄玄社漫画賞」授賞式
と、大手出版社からの原稿依頼から漫画賞受賞までを一気に描いた週でした。それまで2ヶ月に渡って来る日も来る日も貧乏生活を丁寧に執拗に描いてたので、このチェンジ・ペースには度肝を抜かれました。
それは僕だけではなく、第15週土曜日に流れた予告映像で授賞式の様子が一瞬映っただけでtwitterのタイムラインに
ゲゲゲの女房の予告を見ただけで涙があふれた
のような書き込みが溢れたことからも分かります。
貧乏時代の2ヶ月は本当に重要で、そこをちゃんと描かないと
「パンがなければお菓子を~~」のように「貸本がだめなら雑誌に描けばいいじゃない」
と、なってしまったでしょう。
そこを、
- 貸本市場とともに消えていった出版経営者(富田書房の富田など)
- どんどん下がっていく、または支払われない原稿料の実態(富田書房の不渡り小切手、3万円の原稿料が3500円になったこと)
- 貸本でうまく行かず筆を折った漫画家(中森)
- 貸本から雑誌に移れなかった漫画家(はるこ)
- 心底貧乏だった貸本漫画家たちの実体験(水木先生や中森)
- 貸本屋は実際にはどういった店舗だったのか(こみち書房)
- どんな人が貸本の読者だったのか(小学生と太一のような青年労働者)
- 貸本屋と悪書追放運動
などをきっちり描いたからこそ、あの第16週の一気に駆け上がった成功が際立ったのだと思います。
悪書追放運動は貸本のみならず漫画雑誌にも多大な影響力を持つのですが、これには一つ面白い話があります。
あの運動に参加していた人たちの行動には実は総理大臣の後ろ盾があったのです。
1955年1月22日、鳩山一郎内閣総理大臣が、衆議院本会議の施政方針演説で「不良出版物」のことについて触れる。
これは「国会会議録検索システム」で見ることができます。
○国務大臣(鳩山一郎君)(前略)覚醒剤、不良出版物等のはんらんはまことに嘆かわしき事態でありますが、特にわが国の将来をになりうべき青少年に対し悪影響を与えていることは、まことに憂慮すべきことであります。政府としては、広く民間諸団体の協力を得まして、早急にこれが絶滅のため適切有効な対策を講じ、もつて明朗な社会の建設に邁進いたしたいと存ずるのであります。(後略)
それをマスコミが取り上げ、「悪書追放運動」が全国的運動となる。
1955年の漫画バッシング(悪書追放運動)について - 愛・蔵太のもう少し調べて書きたい日記
鳩山一郎総理といえば、先の総理大臣「鳩山由紀夫」の父親で、麻生政権時予算化されてた「国立メディアセンター(通称 漫画の殿堂)」をつぶした男ですが、親子二代に渡って漫画文化撲滅に力を注いでいたわけです。
その辺を知らないと「あの太一青年はいったい何のためにいるのだろう?」とか「悪書追放運動が何回もでる理由は何だろう?」となるのですが、調べると
- 太一青年のような地方からきた労働者の娯楽のひとつが貸本で、そのうちの熱狂的なファンがメジャー誌で軌道に乗るまで水木漫画を守ってきた
- 悪書追放運動は今では考えられないくらい大きな動きだった
などが分かるのです。
ゲゲゲの女房はとても丁寧につくられているので、疑問に思うことには大抵ちゃんとした理由あります。
9月下旬には終わってしまうのが本当に残念ですが、これからもゲゲゲの女房には注目していきたいと思います。
現在(2010/8/12)、物語は1970年代に移っているのですが、おそらく美術スタッフの現役バリバリな人たちの多くがその時代の記憶があるようで小道具やセットのクオリティがとんでもないことになっています。
1970年代の記憶がある人はそれだけでも見る価値がありますよ。
ゲゲゲの女房を見て内田勝さんについて調べる
July 22, 2010 at 04:23 PM | View Commentsゲゲゲの女房にて水木夫妻の元を訪れた雄玄社の若手編集者・豊川。アングラ作家だった水木しげるの才能を見抜き、「てれびくん」「墓場の鬼太郎」を手がけ、水木しげるを人気作家へ導く。
この豊川のモデルになっているのが講談社少年マガジン3代目編集長の内田勝さんです。
このころの時代についてよく知らなかったので、内田氏を中心に調べてみることにしました。
いろいろ調べたのですが「てれびくん」を内田氏が手がけたかどうかはわかりません。「てれびくん」は2代目編集長時代とのことなので、内田氏が編集長になり少年マガジンの編集方針が変わったからというわけではないようです。
しかし、少年マガジンに「墓場の鬼太郎(後にゲゲゲの鬼太郎に改名)」を非常に強い意志を持って登場させ、読者投票で最下位、または最下位争いを続ける「墓場の鬼太郎」を信じ、プッシュし続けたのは内田氏で間違いないようです。
では、なぜ内田氏は水木しげるを押し続けたのでしょうか?
若干30才にして、また、部下の2/3が先輩という状態で少年マガジンの編集長となった内田氏の最大の目標が「打倒少年サンデー」でした。国内初の週間少年漫画誌として1959年(昭和34年)3月17日に同時に創刊された「少年サンデー」と「少年マガジン」は創刊時より当時主流だった手塚治虫&トキワ荘系の漫画家たちを抑えた「少年サンデー」が優勢でした。
内田氏が編集長に就任した1965年の状態としては
- 少年サンデーは「おそ松くん」「オバケのQ太郎」「伊賀の影丸」を中心にした「明るく、元気な」漫画が大人気
- 少年マガジンが創刊依頼アプローチを続け、ようやく連載してもらえた手塚治虫の「W3」の設定がマガジンのほかの漫画にアイディアを盗まれたとしてわずか6週で連載終了。少年サンデーに移籍。
- 大人気だった少年マガジンの「8マン」の作者が銃刀法違反で逮捕。打ち切り。
- 少年サンデー60万部に対し少年マガジン30万部
と、内容、数字ともに圧倒的に少年サンデーに負けていました。内田は打倒策としてW3移籍騒動によって手塚への反発心もあったことから手塚の影響下にない「線は直線的でするどく、ストーリー構成にしても人間が本来有している光と影の両面のリアルな葛藤を描いていて、"明るく、元気な"だけの(手塚漫画の流れを汲む)ストーリーまんがの対極に位置している(内田勝著「奇」より引用)」劇画路線へ進みます。
その劇画路線第一弾が「墓場の鬼太郎」でした。読者アンケートで最下位をとるなど、なかなか人気がでない「墓場の鬼太郎」の人気獲得のために東映テレビの渡辺亮徳氏と組んでテレビアニメ化を計るなど内田氏は水木しげるへ強力な支援を続けます。
調べていても、数多くあったはずの貸本漫画の中でなぜ水木しげるだったのかは分かりませんでした。内田氏の見抜く力と決断力も、期待に答えてみせた水木漫画も偉大だったというところでしょうか?
内田氏の少年マガジンは「ゲゲゲの鬼太郎」以外にも、
- 劇画の第一人者「さいとう・たかを」の獲得
- 梶原一騎原作「巨人の星」「あしたのジョー」
- 赤塚不二夫の獲得「天才バカボン」
などの人気より、1967年に100万部突破、1969年には150万部を突破し、ライバル少年サンデーを大きくリードします。
「あしたのジョー」の力石徹が作中で矢吹ジョーとの試合で死亡したとき、ファンの要望に答えて告別式を行ったのも内田氏です。
ほんの一部を抜粋しただけでも内田氏が漫画界に果たした役割の大きさがわかります。内田氏の逸話は数多くあり、どれも興味深いものですが、すべてはとても書ききれないので、少しだけ逸話を紹介してこのエントリーを終えようと思います。
ゲゲゲの女房を見て少し興味をもっただけなのに、本を数冊読んだり、webでいろいろ調べたりと、かなりの時間を内田氏を調べることに使ってしまいましたが、面白かったので調べてよかった。
天才バカボン移籍
1969年1月、人気絶頂だった「天才バカボン」の赤塚不二夫が講談社を訪れ、「天才バカボンを少年サンデーに引越しさせたい」と申し入れをした。 それを聞いた編集長だった内田は
「結構です。どうぞ」
と、即答で答えた。揉めると思っていた赤塚不二夫もあっけにとられる即断だった。
理由について内田は後日「シリアス路線の劇画が多いマガジンでこそバカボンが際立っていた。ギャグマンガが多いサンデーでは上手くいかないのでは?」と感じたからと答えている。
しかし、僕はいろいろなエピソードを追ううちに内田氏は人の決断というのを何よりも尊重する人間力からきているのではないかと感じた。
梶原一騎
内田氏は編集会議において
- どんなマンガが受けているか
- どんなジャンルのマンガがマガジンに足りていないか
などの議論をすることをやめて
- 大人になっても鮮烈な記憶として残っている事柄
- 少年のころに熱中したスポーツ、映画、ラジオ、雑誌、書籍
- 自分に影響を与えてくれた両親、教師、近所のおじさんおばさん、友人
などについて語り合うことにした。
その結果、従来の「善玉vs悪玉」の図式ではなく、読者である少年たちにとって身近な存在「父親と息子」「教師と教え子」「少年と友人(恋人)」を基調としたマンガができないか模索するようになった。
「そういった人間ドラマを描けるは梶原一騎しかいない」となったが、当時梶原はマンガの原作を書いてはいたが、
「マンガについては、男子一生の仕事にするに足りるとは思っていない。小説の世界で身を立て、名をあげることこそが、私の目指すところだ」(サンデーとマガジン 創刊と死闘の15年より引用)
と、マンガにすべてをかける状態ではなかった。内田にしてみれば原稿代稼ぎの原稿ではなく全身全霊をかけた原稿が必要だった。
梶原は180cm、空手有段者、そして名うて酒豪。また、後に暴力団と共にアントニオ猪木を監禁事件や、講談社の編集者の暴行事件を起こしたりしたことからも一筋縄の人間ではない。
内田は必死の交渉の末、梶原に「マンガを男一生の晴れの舞台と心得て、根の続く限りやらせてもらいます」の言葉を得る。
梶原は「巨人の星」(父親と息子)、「あしたのジョー」(教師と教え子)、「愛と誠」(少年と恋人)などマンガ史に残る名作を次々と作り出す。
梶原の晩年に内田は先の暴行事件より梶原原作作品すべてが絶版状態になるなど絶縁状態だった梶原と講談社の関係修復につとめる。そして梶原が編集者暴行事件を起こした銀座の著名な文壇バーへの謝罪の同行を梶原から求められる(梶原は一人で店の敷居を跨ぐことは許されないと考えていた。内田に同行を求めたのは内田を偉大な人物と見做し、その内田を立会人とすることで心からの謝罪の証明としようとしたと思われる)。
梶原は同行してくれた内田への感謝の気持ちとして帰りのタクシーの間、ずっと内田の手を握り締めた。しかし照れくさかったのでずっと寝た振りをしていたとのこと。(引用 内田勝著「奇」)内田が同い年の梶原一騎からいかに信頼、尊敬されていたかわかる。
さいとう・たかを
さいとう・たかをは小学館のビッグ・コミックで長期連載中の「ゴルゴ13」のイメージから小学館系の作家のイメージがあるが、内田がサンデーと手塚治虫に対抗するための劇画路線を進めるうえでの重要人物だった。
水木と同じく貸本マンガ出身で、子供向けと思われていたマンガを大人の鑑賞に堪えうる作品にしようと情熱を燃やしていた。さいとうは大人向けのマンガを「劇画」とし、その言葉に強いこだわりを持っていた。
「自分の作品をマガジンに掲載するときは、”まんが”ではなく”劇画”と明示してくれますか」
「さいとうさんが説かれていることからいって、それは当然のことです」
映画製作のようにシナリオ、作画を分業するプロダクション制を初めて導入したり、出版部門を独立させ(リイド社)、自身の作品はすべてそこから出版するなど(ゴルゴ13も掲載雑誌は小学館のビッグコミックだが、単行本はリイド社から発行されている)、クレバーでありながら、女をめぐってチンピラと銃で撃ち合ったという噂がでるなど激しい一面をもつ「さいとう・たかを」とも互角に渡り合っていたようだ。
大阪万博で3000年後に開封を予定したタイムカプセルにマガジンを入れることになったとき、内田は巻頭グラビアに「劇画入門 1枚の絵は1万文字にまさる」を載せる。絵を担当したのはもちろん「さいとう・たかを」だった。
竹熊健太郎
竹熊健太郎は相原コージとの「サルでも描けるまんが教室」で有名な編集家、現在のまんが界で最も有能な論客の一人である。数多くの人のインタビューを行っているが内田について以下のような印象を語っている。
自分は、かつて内田さんにロング・インタビューを試みたことがありますが、 その明晰な話しかたに度肝を抜かれました。 頭の中でしゃべる内容が完璧に整理されていて、 テープ起こししただけでほぼそのまま記事にできた人は、 自分が経験した中では内田勝さんだけでした。
いとうせいこう
内田は少年マガジンの後、月刊現代を経て「Hot Dog Press」という「POPEYE」の対抗馬の青年情報誌を創刊した。テレビでよくみかける山田五郎やいとうせいこうは彼の元で働いていた。
いとうせいこうは講談社在籍中にテレビ出演などの活動をしており、遂に講談社を退職して本格的にテレビやマルチメディアの世界に入る決心をした。そのときの様子がいとうせいこうのブログで詳しく書かれているのだが、とても感動的なのでそのまま引用させていただく。
- 内田さんは俺の辞表をすぐさま受け取り、こう言ったのだ。
「僕も出版の時代はもう終わりだと思います。伊藤さんはいい時期に辞めますね」
そして、これからはマルチメディアだという最後の講義を俺にしてくれた内田さんは、 これからどうするつもりかと質問をしてくれ、俺が “テレビなどの仕事をしていくと思います” と答えるや否や、テレビ局のトップに電話をかけ始め、 “うちから伊藤というなかなか見込みのある若者がそちらの世界に行くので、よろしく” と挨拶をし、受話器を置いてこう言ったのだ。
「さあ、行きなさい」
その後
内田氏は「Hot Dog Press」の後、自身の集大成たるべき雑誌「DAYS JAPAN」を創刊するも、アグネス・チャンの公演料ミス問題より休刊となる。その責任をとって1994年講談社を退社。
徳間書店においてコミック雑誌の立ち上げ(1年で失敗)などもあるが、いとうせいこうに諭したように自身もマルチメディアで勝負していたようだ(結局は失敗してしまったようだが)。
その当時の断片は、 REALTOKYO(http://www.realtokyo.co.jp/) の小崎哲哉氏のインタビューから伺える。
Tetsuya Ozaki intervew 1/2 -art drops-
- 「内田勝さんという、少年マガジンの黄金時代を築き上げた伝説的名編集長が、
『小崎君、そんなところにずっといたら駄目になっちゃうよ』 と再び東京に引き戻してくれたんです(笑)。あれがなかったら戻れていないですね」。
1990年代初頭、インターネットはまだ一般には広まっていなかった。 内田氏は電子出版や、将来的にはゲーム制作まで含めたシステムを構築しようという壮大な構想を練っていた。 しかし、この計画自体は1年も経たないうちに頓挫し、 計画に参加していた小崎さんの手元に残されたのは、 1台のマッキントッシュと周辺機器、そして100万円にものぼるローンだった。
その後、ソニーピクチャーズ顧問。、アニメ専用CS番組「アニマックス」の立ち上げにも参加、顧問となる。
2008年5月30日、肺がんにより死去。享年73。
葬儀はソニー・ピクチャーズが取り仕切った。
参考文献
内田氏を調べるにあたって、以下の2冊の本を参考にした。両書とも読み応え十分だし、今回のエントリーで紹介しなかった話も豊富なので興味を持たれた方は一読してほしい。
三五館
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「ゲゲゲの女房」が最高に面白い
July 09, 2010 at 10:03 PM | View Comments最近 NHKの連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」にはまってます。
「ゲゲゲの女房」は「ゲゲゲの鬼太郎」で有名な水木しげる先生の奥さんの夫婦の半生を描いたエッセイが原作です。
放送期間と時間は
- 2010/03/29から2010/09/25まで(全26週)
- NHK総合(地上波)で8:00から8:15。月曜日から土曜日まで
で、6月下旬で物語はちょうど折り返しを迎えました。
これまでの話は
- 見合いからわずか5日で結婚
- 貸本漫画は下火で、あまりの所得の少なさに脱税の疑いがかかるほどの極貧生活
- 苦しい生活のなかで長女誕生
で、7月(14週)からはガロ(物語のなかではゼタ)でも作品を発表するようになり、世の中に水木先生の漫画が認められ売れっ子作家への道が開けそうな展開です。
僕は7週目から見始めたのですが、激しくはまっています。
どれくらいはまっているかと言うと
- 原作本購入
- ケータイの待ち受け画面をゲゲゲの女房に変更
- 公式ケータイサイト に毎日出題される問題を毎回やる
- 視聴率速報サイトで視聴率を毎日チェック
- 毎日13:00 に更新される ザ・テレビジョンのケータイサイトのゲゲゲの女房特設サイトで翌日のあらすじを確認(ネタバレOK派なので)
- 毎週土曜日に更新される TVガイドのケータイサイトの特設ページに掲載される翌週のあらすじ1週間分を確認(ネタバレOK派なので)
- 公式サイト(PC版) のエッセイを毎週チェック
- ケータイ NHKストリートの有料サイトに登録(待ち受け、着メロ、インタビュー動画を取得)
- プロデューサーのブログを購読(http://www.nhk.or.jp/drama-blog/99180/)
- 貸本時代の墓場鬼太郎を買い揃え始める
- TUTAYAで貸本版墓場鬼太郎のアニメをレンタル
- 水木先生の半生を描いた漫画を注文(品薄でまだ来ない)
- 好きな女性芸能人は?と聞かれたら松下奈緒(主役)と答えそう
- メガネを買い替えたときに水木先生風のメガネを探す(帰ってよくみたらあまり似てなかった)
- DVDの購入をまじめに検討
と、いった感じです。
ここまでテレビにはまったのは何年ぶりだろうか?
とても丁寧なつくりのドラマなので見ていて飽きません。
これから見る人へのアドバイス
というわけで、ゲゲゲの女房はかなりオススメなのですが、これから見るために知っておいた方がいいことがあります。
個人名や出版社などの固有名詞が違う
ゲゲゲの女房は実話を元に作られていますが、ドキュメンタリーじゃないので多分に脚色しています。
個人名や出版社などの固有名詞はほとんど変えられています。
- 武良茂 → 村井茂
- 武良布枝 → 村井布美枝
- 講談社 → 雄玄社
- 少年マガジン → 少年ランド
- 青林堂 → 嵐星社
- ガロ → ゼタ
など、、、
実在しないオリジナル登場人物
主人公の幼馴染の浦木は実在しない「ねずみ男」をモデルとした人物。また近所の貸本屋「こみち書房」の面々も実在しないと思われます。
話をわかりやすくするための演出のようです。
物価
物語が始まった当初は貸本漫画1冊で3万円の原稿料、当時の大卒新入社員の給料が1万7500円と言っていたので、ざっくり10倍で考えてました。
つまり貸本漫画1冊を毎月かけば今のお金で月収30万円。
ところが、実際には原稿料を半額にされたり、ひどい場合は3500円しかもらえなかったり、、、。依頼をもらえないこともあるので月1冊というわけにもいかずに貧乏していました。
富田書房(兎月書房がモデル)は手形で原稿料を支払っていたが換金前に倒産したために20万円もの手形が紙くずになりました。
それぞれ10倍して考えるとどれだけ辛いか想像できます。
しかし1960年~70年代は物価が激しく高騰した時代なので今後は
大卒初任給の推移 などで確認するといいかもしれません。
見逃しはNHKオンデマンド
見逃してしまった場合はNHKオンデマンドで105円かかりますが見ることができます。ただし10日分くらいしかないので注意。
唯一残念なこと
9月末で終わってしまうのが唯一残念なところ、、、。2、3年やってくれてもいいのに、、、。
朝ドラだけに続編も難しいでしょうし、、、、。
と、言うわけで最終回まで心ゆくまで楽しんで見ようと思います。
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