へうげもの8巻と今週のモーニング
February 26, 2009 at 11:01 PM | View Comments一昨年、モノ減らしの一環として持っていた漫画本を大量に処分しました。
主に漫画喫茶で読めるようなメジャータイトルを処分し、岡崎京子と松本大洋、昔の少女漫画(漫画喫茶の多くは少女漫画の品揃えが弱いため)は手元に残している。
そんな感じなので現在連載中の漫画は漫画喫茶で読めばいいと思っているのだけど、「へうげもの」と「ヒストリエ」だけは買い揃えている。この2作は完結するまで買い続けるし完結してもずっと保持していたい。
それだけ魅力のある作品です。
そんな2作品の新刊が相次いで発売されました。
まずは「へうげもの」。
戦国時代の茶人であり戦国大名である古田織部を主人公とした物語は8巻においては師匠である千利休自刃、そして織部が自身のアイデンティティ確立という物語の一つの大きなクライマックスへ向けて突き進んでいる。
伊達祭りで身体を張って織部が欲したのは利休のわびではなく「一笑」。
そして、今週のモーニングで利休自刃。
「へうげもの」は通常、モーニングにて一番最後の殿(しんがり)を勤めているのだけど、今週ばかりは巻頭を飾っている。
素晴らしい一話だった。この物語はこの一話のためにあったと言ってもいい。
(作者は韓国取材へ行っていたのでまだまだ続きます)
史実とは異なり介錯役の織部。
同じく史実と異なり3巻において師である信長を自らの手で葬った秀吉。
今週の利休と織部のシーンのために、あの大胆な信長と秀吉のシーンがあったのだ。
死に逝く信長は秀吉に
おまえとは「ダール・イ・レゼベール(ギブ・アンド・テイク)」だった。
俺はあらゆる人間と その関係を築きたかったのだがな、、、、
・・・・・・意味を知っておるか?
「愛」よ
(へうげもの 3巻 哀しみの天主 より)
と告げる。
この言葉は利休から織部への言葉でもあったのだ。
「へうげもの」は師を超える、、、、いや父を超える物語なのだ。
この、小説、演劇、映画、、さまざまな媒体において古典的な題材を、漫画という表現方法において描ききった作者の山田芳裕さんは本当に見事だ。
利休は織部に織部の本質が何であるかを諭す。
どこか赤塚不二男さんの絵を思わせる織部。
利休の死。
見開き2ページ×2=4ページの表現。
とりあえず今週のモーニングは8巻と一緒に黙って買って、
「へいげもの」9巻がでるまで保存しておくべき!
講談社
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