「ベストな波は?」「次の波」サーフィンの神様 ジェリー・ロペス

August 02, 2010 at 06:48 PM | View Comments

なぜか親から誕生日祝いで商品券をもらったので換金してAmazonで前からほしかったジェリー・ロペス関連の商品を買った。

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僕はスポーツはやるより見るほうが好きなタイプでサッカー、アメフト、プロレスが好きなのですが、それと並んでサーフィンもお気に入りのスポーツ。そして僕にとってサーフィンといえばジェリー・ロペスがすべてなのだ。

ジェリー・ロペスはサーフィン界の生きる伝説だ。日本の野球で言えば長島&王くらい、サッカーで言えばペレ&ジーコ&マラドーナ、アメフトで言えばモンタナ&ジェリー・ライス、バスケットで言えばバード&マジック&ジョーダン、、、それくらいの存在。いや、ジェリー・ロペス前と後ではサーフィンの世界が全く変わってしまったのでそれ以上の存在かもしれない。

ジェリー・ロペスが登場する前、60年代後半まではサーフィンといえばロングボートだった。オージーのサーファーたちがハワイに持ち込んだショートボートの原型(彼らの持ち込んだボードはハワイの強烈な波には全く役にたたなかった)をみた伝説的シェイパー(サーフボード製作者)「ディック・ブルーワー」が偶然にもロペスためにハワイの強烈な波に耐えうるショートボードを作る。

ロペスと彼のショートボードは瞬く間にサーフィンの世界を変えてしまうことになる。チューブライディングを始めたのがロペスなら、近代的なサーフィンの技を編み出したのもロペス、無名だったインドネシアを開拓したのもロペスなら、サーフコンテストではなくサーフトリップの映像で金を稼ぐことを始めたのもロペス。近代サーフィンはすべてジェリー・ロペスと、その周辺から始まったのだ。

ジェリー・ロペスはシェーパーとしてもサーフィンの歴史に名を残してきた。

ジェリー・ロペスはレイアード・ハミルトンがピアヒにてジェットスキーを使ってビル並みの巨大な波を攻略すべくトウィンサーフィンをはじめたときもそこにいた。

ウィンドサーフィンのボードもジェリー・ロペスが作ったボードの影響を多大に受けている。

もっとも有名なサーフィン映画「ビッグウェンズディ」にも俳優として参加している。役はジェリー・ロペス。つまり本人役だ。

サーフィンの神様「ジェリー・ロペス」のもうひとつの名前が「マスター・オブ・パイプライン」。

パイプラインは3mを超えるパワフルな波、底は険しい岩礁、、そして水面から岩礁までは1mにも満たない、一歩間違えれば大怪我・死亡につながるになるハワイで最も恐れられるスポットの一つだ。ジェリー・ロペスは初めてパイプラインを攻略し、誰よりもパイプラインを乗りこなした。

若い日のジェリー・ロペスがパイプラインを乗っている映像を始めてみたとき何がすごいのかわからなかった(もっとも、僕はサーフィンをしないのでパイプラインの本当の怖さはわからないのだが、、)。なぜならパイプラインに乗るジェリー・ロペスは全くの自然体で、何の気負いもなく、誰にでもできることを当たり前のように、まるで大人が子供用の滑り台をすべっているような表情で乗っているからだ。技量もそうだが、そういったジェリー・ロペスの姿勢も「マスター・オブ・パイプライン」と呼ばれる理由になったのかもしれない。

ジェリー・ロペスという人間に恐怖心という感情が欠如しているのかと言えばそうでもないらしい。後年、パイプラインとはまた違った恐ろしいピアヒというスポットに初めて挑戦するときの恐怖とそれを克服したときの気持ちを文章に残している

私ははっきり言って落ち着いているどころか、漏らしそうだった。これほど不安と興奮でいっぱいになった経験は思い出せないほどだった。この感情を心の中で沈め、自分の中で分析することで落ち着こうとしてみた。

(中略)

昔から好きだった「リトル・ビッグマン」という映画のフレーズが頭に浮かんできた。その言葉を口に出したとき思わずため息も一緒に漏れ、改めてこの瞬間が現実味を帯びてきた。

"What the hell,I guess this is good a day to die as any"

「ま、いいか。今日だって死ぬにはいい日だろうからね」

無意識にもかかわらず、それは私の気持ちをはっきり表していたに違いない。というのはその言葉を出した途端、それまで私の内側ではいきれそうになっていた不安や緊張が、水で洗い流されたかのようにきれいになくなっていたからだ。

ジェリー・ロペスが自然体で涼しげでやさしい笑顔を浮かべているのは波の上だけではなく、普段も自然体で涼しげでさやしい笑顔を常に浮かべているそうだ。

それは、もともとジェリー・ロペスがやさしい人間だからかもしれないし、ジェリー・ロペスのもうひとつの代名詞である「禅」や「ヨガ」の影響かもしれない。「禅」や「ヨガ」など東洋精神にかかわりをもつきっかけは彼自身が日本人移民の血を引いているからかもしれないし、時代が時代のときはLSDをやりながら大波に乗っていたこともあるそうなので、そういう意味のトリップから来ているのかもしれない。「禅」や「ヨガ」はジェリー・ロペスのサーフィンや人生に大きな影響を与えているといわれている。

ジェリー・ロペスは「最高の波は?」との問いに「次の波」と答える。本を出版したときのタイトルに「SURF IS WHERE YOU FIND IT」という禅問答のようなタイトルをつける。もしジェリー・ロペスが「バガボンド」に出てくる剣豪だったら「故に無剣です」と、いいそうな雰囲気だ。

ジェリー・ロペスは結婚し、アレックスという息子が生まれた。40才を過ぎたころだ。彼が小学生にあがるとき生まれすごしたハワイを離れ海まで数時間も運転しなければいけないオレゴンの山に引越した。

理由をちゃんと説明したことはないらしいが、ハワイが昔ほどサーフィンをするのに快適な環境でなくなったことと、ハワイにいるかぎり息子のアレックスはジェリー・ロペスの息子としてしか見做されないためのようだ。父親譲りの太い眉をもつアレックスはナイーブな青年のように見える。

ジェリー・ロペスの父親は家族のために一日中働く父親だった。

「今思うと、父は人生のすべてを家族に捧げていたのだと思う。妻や子供たちのために一日中働き続けていたということに感動する(中略)。父はとっても偉大な人だった。自分は絶対に父にはかなわないと思った。ただそのことは、私が長い間子どもをほしいと思わなかった理由のひとつだと思う。父は自分のために生きたことなんてほどんどなかった。それは私には重すぎる事実だった。罪悪感を覚えたこともある」

ジェリー・ロペスは好きなサーフィンに打ち込んできた。サーフィンと子どものどちらかを選択することを考えると子どもを持つことに戸惑いがあったのかもしれない。結局、息子のために海が遠いオレゴンへの移住を決意したのだが、自分自身を犠牲にしたということではないだろう。ジェリー・ロペスの父親がそうだったように。

ジェリー・ロペスは文章家でもある。父親が新聞記者だったことの影響もあるようだ。

極限状態のサーフィンでの精神状態、ショートボード革命のときの様子、仲間との楽しいサーフトリップの体験をジェリー・ロペス自身の文章で知ることができる。

SURF IS WHERE YOU FIND IT サーフィンの神様、ジェリー・ロペスが綴るライフスタイルストーリー
ジェリー・ロペス Gerry Lopez
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「SURF IS WHERE YOU FIND IT」はジェリー・ロペスの文章を集めた作品だ。

子どもの頃から今までというタイプの自伝ではなく、さまざまなエピソードを集めた短編集になっている。まとまった量でジェリー・ロペスの文章を読むのは初めてだったのだけど、まるで有名な海外作家の短編集のように読みやすい。

ショートボード革命のこと、トウィンサーフィンのはじまりのこと、パイプラインの中でも最高の波に乗ったこと、スノーボードのこと、、さまざまなエピソードを読むことができる。

雑誌コヨーテのジェリー・ロペス特集もかなり良かった。

ジェリー・ロペスは字のうまさでも有名らしいが、そんな彼の直筆文章が見れる。

内容もオレゴンへの移住の話、子どものころの話、家族のこと、、、さまざまなインタビューが読める。書き下ろしの「最初のサーフィン」も収録されている。

値段も安いし、オススメ。

ライフスタイル・オブ・ジェリー・ロペス~ザ・クリーネスト・ライン [DVD]
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最近のジェリー・ロペスを追ったドキュメント。

日本の企画ものだし、カメラもビデオなので映像的には今イチだけど、企画自体はとてもよい。

サーフィンの映像よりもインタビューが多いが、それが良い。

あまり映像でみたことがないジェリー・ロペスのスノーボードシーンも見れる。また、スノーボードを乗りながらのジェリー・ロペスが撮影した映像もある。

ようやく見ることができた。ファンなら後悔しないと思う。

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