Nintendo64が成功しなかったのは運がなかったからだと思う
January 12, 2009 at 11:28 PM | View Comments僕がNintendo64を「運がなかったハード」と見ている。
では、どんな運がなかったのだろうか?
「3Dゲームは世間に届かなかった」
そこに運がなかった。
今でこそ3Dは一部のコアゲーマーだけが遊ぶものだとはっきり言えるけど、
バーチャルリアリティと言ってNintendo64とマリオ64を作っていた竹田玄洋さんと宮本さんが
「3Dは世間を巻き込む」
と夢見たことを笑うことはできないだろう。
N64のゲームを実際に触ってない人には理解しずらいかもしれないが、
3Dというものに真剣に取り組んだのはPS・SS・N64時代では任天堂だったし、
宮本さんが作り上げた「マリオ64」と「ゼルダの伝説 時のオカリナ」は
ゲーム史上に残る傑作中の傑作だったのだ。
そこに夢を見ても何もおかしいところはない。
WiiやDSも成功した今から見れば、あれを作った人たちのチャレンジの思考はマトモだと判断されるが、
誰にも理解されず、まったく世間に届かない可能性だってあったのだ。届いたのは運が良かったからに過ぎない。
ソニーやマイクロソフトとは違い任天堂がハード戦争に勝つための重要な要素は以下の2つしかない
- 他にまともな競争相手がいない(GBA&SFC)
- 世間に届くソフトを1本当てる
運良く世間に届いた
- FCのスーパーマリオブラザーズ
- GBのポケモン
- DSのNintendogs(脳トレといいたいところだが世界セールスではNintendogsがずば抜けている)
- WiiのWii Sports
よりも「マリオ64」と「ゼルダの伝説 時のオカリナ」の完成度は高かったと思う。
ゲーム史上最強の力を持ちながら世間に届く1本になれなかった。運がなかったのだ。
成功した上の4本は実力もあったがそれ以上に運が良かったのだ。
しかし、N64には運が無かったが任天堂にとってはチャンスを恵んでくれたハードであった。
N64向けにゲームを作ってくれる他の会社が無くなったので、
任天堂は任天堂とセカンドパーティー(資本の入った関連企業)だけで市場を作る必要が生まれたのだ。
参考 [NS] 過去25年間の任天堂発売タイトル数
http://n-styles.com/main/archives/2008/12/22-062000.php
FC,SFC時代は年間で10タイトル前後だった発売本数が、サードパーティーに期待できないことと、ポケモンによりGBが復活することがはっきりとした96&97年以降倍増する。
そして、ソフト売上にもその結果ははっきりと現れる。98年以降、11年も国内売上ランク1を記録。
DSがブレイクした2006年には、まさかシェア50%超え。
年 順位 売上 シェア(%) 97 3 499.0 11.1 98 1 526.8 12.0 99 1 1085.3 20.2 00 1 840.9 20.5 01 1 828.9 22.1 02 1 901.1 22.9 03 1 873.5 21.4 04 1 1241.0 28.5 05 1 1087.8 27.3 06 1 2925.5 50.7 07 1 2217.6 43.9 08 1 1913.9 42.1
- 売上は万単位
- 2002年以降は任天堂+ポケモンを任天堂として計算
- マルガの湖畔 より
(ちなみに海外は欧州はDSまで壊滅状態、北米はGC時代以外はかなり強い)
N64時代に任天堂だけで市場を作る必要ができたことが30代だった岩田現社長や40代だった宮本さんが現場に入り込むプレイングマネージャーから会社を統率するリーダーへ変化するきっかけになった。
N64はハードとしては運がなかったが任天堂にとっては運をつかむきっかけを与えてくれたハードなのだ。
N64後期とGC時代はリーダーであう岩田&宮本コンビとその部下たちの試行錯誤の時代だったと思う。
さんざん運だ運だと言ったが、実力がなければそもそも運を試す機会すらないのは当然のことだ。