「オープンソース的」という言葉は変えたほうがいいと思う
June 20, 2009 at 09:00 AM | View Commentsインターネットを介してオープンソース及びその周辺が起こした現象に注目し、その現象を「オープンソース的」という言葉で表現し、プログラムの世界以外でも起こるのではないか?(起きている?)ということに注目する梅田さんに対し、オープンソースの世界に生き、オープンソースをより発展させたいと思う人々は梅田さんの語る「オープンソース的」という言葉でオープンソースが誤解されてしまうのではないかと疑念を持っている感じだろうか?または梅田さんのような有名人が「オープンソース」について一般の人に説明してくれると期待していたら、別なことを言われてたのでがっかりという感じかもしれない。
それぞれ言い分はわかるし、どちらが間違っているという話ではない。
「オープンソース的」という言葉に対して、「オープンソースが誤解される」という意見はわかるが、オープンソースとは別物の「オープンソース的」という言葉に対して、「それはオープンソースではない」という意見は「それは違うだろう」と思う。しかし、多くの人が誤解していることには問題がある。
また、オープンソース及びその周辺の起こした現象をオープンソースやインターネットに詳しくない「あちら側」だったか「こちら側」だったかに説明しようとしたとき「オープンソース的」という言葉になるのは個人的には違和感がないが、決して少なくないオープンソースの世界の人々が「オープンソース的」という言葉に嫌悪感を持っていることも問題がある。
梅田さんはオープンソース及びオープンソース的世界の重要な法則「名前重要」に則り、「オープンソース的」とは違う言葉を生み出すべきだと思う。
僕自身はオープンソースの恩恵だけ受けていて何の貢献もしていない人間ではあるけど、オープンソースの世界そのものへ感謝はしているし、興味もある。
しかし、それとは別にオープンソース及びその周辺がおこした現象「オープンソース的(仮称)」や、その現象がプログラム以外でも起きるのか?既に起きているのか?に関しても興味があるので梅田さんには懲りずに「オープンソース的(仮称)」の紹介や予想などをどんどんして欲しいと思う。
本当にプログラム以外の「オープンソース的(仮称)」現象は世界中で発生しているのだろうか??どんな例があるのだろうか??とても興味深い。
今回の騒動で印象的だったのは、たとえ梅田さんでもネットでありがちな「負の感情のスパイラル」というのは起きるし、一度感情的になってしまえば普通の人と変わらなず傷ついたり、余計な事を書いて騒ぎを大きくしたりするものということだ。
ネガティブ発言怖い、、、。気をつけよう。