YouTube ジェリー・ロペス&ハービー・フレッチャーが語るノースショアパイプハウス(volcom)
August 22, 2010 at 01:18 PM | View Commentsvolcom(サーフ・スケート・スノーボードブランド)がyoutubeにジェリー・ロペス&ハービー・フレッチャーの対談を公開している。
高画質で、編集も素晴らしく、70年代・80年代・90年代の貴重な映像もたくさんある。しかも日本語字幕付き。そのままDVDにして売れるレベルだ。
ノースショアパイプハウスとはハワイの有名なサーフスポットパイプラインの目の前にあるジェリー・ロペスとハービー・フレッシャーがシェアしていた家で、彼らのみならず有名なサーファーがここに住んでパイプラインサーフシーンの歴史をつくってきた。
ジェリー・ロペスの本や対談に良く出てくるので存在は知っていたけど、内部の様子を見たのは初めてです。パイプハウスは現在ではvolcom所有になっているそうだ。
Epsode1
まずEpsode1は70年代。この動画には70年代のジェリー・ロペスの映像がたくさんある。パイプラインで行われたコンテストと、コンテスト会場がパイプラインの波が良いのに別のスポットに移動することになったため、コンテストをキャンセルしてパイプラインに乗ったことを話している。
http://www.youtube.com/watch?v=gGeoxhFpUFA
どこかしらでみたことのある映像だったが、70年代のジェリー・ロペスのサーフィンを手軽にみることができるのはうれしい。
パイプハウスの中を二人が紹介しているのも良い。
Epsode2
http://www.youtube.com/watch?v=PKVggXabfgc
Epsode2は80年代前半。パイプラインやワイアメでのハービー・フレッシャーのジェットスキーの話がある。この話が非常に面白い。あまりに面白いので文章におこしておく
ジェリー・ロペス 「キミはすぐに2本目へ向かって行った。あれはとにかく巨大なセットだったよ。 キミは2本目を乗ろうとして浅海を始めると、、、 5000ドルのエンジンを積んだジェットスキーだ。 ネイサン(ハービーの息子)とオレはライフガードタワーから様子を見てた。 『キミの親父はどうしたんだ?波のボトムで止まったままだぞ』って」
ハービー・フレッシャー 「波を待っていたんだが、突然ものすごい力で海面が盛り上がって、、、 気がついたら波の頂上まで持っていかれてオレの足と体は宙に浮いていた。 ハンドルを握ったままオレの足は真上に浮いたままで、 そしてジェットスキーごと真っ逆さまに落ちたんだ。 オレは死んだと思ったよ。」
ジェリー・ロペス 「オレたちもそう思ったよ『あいつは何をふざけてるんだ」って、 でも波がデカすぎてキミは波の前にでることができなかったんだ。」
ハービー・フレッシャー 「空中を飛び跳ねているから、なかなかスピードが出ないんだよ 」
ジェリー・ロペス 「まるで旗がひらめいているようだった。 ハンドルを握って、足は空中に浮いたままでね」
ハービー・フレッシャー 「あれはとんでもない体験だったよ。エネルギーがハンパじゃなかった。 ビーチに戻ると妻のディビーが 『さあ家に帰りましょう。海に戻るのは許さないわよ』ってね」
(中略)
ジェリー・ロペス 「刺激的な1日だった」
この話は先日買ったジェリー・ロペスの本「SURF IS WHERE YOU FIND IT」の「情熱の人、ハービー・フレッチャー」にも載っていて文章で読むとまた違った面白さがある。
この時期にパイプハウスに住んでいたレイアード・ハミルトンが、後年、ジェットスキーに牽引させる「トウインサーフィン」を生み出すのだが、それにはハービーの存在も大きいのではないかと思う。
Epsode2の後半は往年の80年代サーファーたち、マーティン・ポッター、ホー兄弟、トム・カレン、、など、、、がたくさん出てくる。 80年代はQIQI(丸井)などがサーフィン大会のスポンサーをやっていたことがあるので日本のテレビでも彼らを見ることができたので懐かしかった。
Epsode3
Epsode3は80年代後半から現在まで、ハービーの二人の息子(クリスチャン&ネイサン)や彼らと同年代のサーファー ブルース・アイアン見れる。
彼らはこの場所で生まれ育ち、13才くらいでパイプラインを乗りこなすほどのサーファーになった。
http://www.youtube.com/watch?v=KDhjTpFEqEQ
美術出版社
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