GameCubeはマネジメントの時代

January 13, 2009 at 11:58 PM | View Comments

前回の続きです。

ueBLOG | Nintendo64が成功しなかったのは運がなかったからだと思う

Nintedo64は「マリオ64」「ゼルダ 時のオカリナ」という

宮本茂の最高傑作を擁しながらハード戦争に勝てなかったという話をしました。

そのため、それまで任天堂ハードにゲームを作ってくれた開発会社がほとんどいなくなり任天堂陣営だけで年に20タイトル以上発売しなくてはいけなくなりました。

64後期~GameCubeの時代は、数多くのタイトルを発売するために、現社長の岩田さんと宮本さんがプレイングマネージャーから、より多くのソフトを作るために高い位置でマネジメントをするリーダーになる必要のあった時代なのです。

この時代に起きる「迷走」や「低迷」の原因は、彼らの変革期だからという理由で説明できます。

もし、岩田さんが現場に張り付くことができたら「マザー3」は完成したでしょう。「ポケモンスナップ」だってもっと早く完成したでしょう。

宮本さんが現場に張り付けば「マリオサンシャイン」と「ゼルダ 風のタクト」は前作を超え、「マリオカートGC」は黒歴史扱いされてなかったはずです。

言ってしまえば「マリオ64」と「ゼルダ 時のオカリナ」「マリオカート64」は宮本作品ですが、

  • 「マリオサンシャイン」は小泉氏
  • 「ゼルダ 風のタクト」は青沼氏
  • 「マリオカートGC」は近藤氏

と言った、宮本さんの弟子たちの作品なのです。

GameCube時代は天才「宮本茂」任せだった開発体制を任天堂全体で質を保ちながら数を揃える体制に変革する必要があり、64時代に発売延期しまくった経験からも決まったスケジュールに間に合うように発売する必要もありました。

いくら宮本さんの弟子たちが優秀だからと言って最初から、まして宮本ワールドど真ん中で師匠超えをできるほど甘くありません。GameCubeのゲームたちが64時代より一段落ちるのはしょうがないことだったと思います。

しかし、その経験こそがDSとWiiの任天堂陣営だけでの市場を成り立たせる原動力になりました。

2006年の任天堂とポケモンの国内シェア50%超えはこの努力なしでは成し得なかった快挙です。

ちなみにこの50%超えは任天堂ハード(DS,GBA,Wii,GC)のゲームで50%を超えたということではありません。

「任天堂が作ったゲーム」または「任天堂が他社と協力して制作し、任天堂がパブリッシャーで発売されたゲーム」の合計です。

参考 ranking2006

いくらDSのコンセプトが世間に届くという「運」があったとしても、ソフトを大量に作る体制がなかったらこの快挙は無かったのです。

N64の失敗、GCの低迷が無かったら任天堂陣営だけで大量のソフトを作る必要はなかったのですから、

N64とGC時代の「あがき」は現在の成功に強く結びついていると言えるでしょう。

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